ショートストーリー　ミモザサラダ

庭に咲いたミモザの下でサラダを食べた。
丁寧に裏ごしした卵がかかったサラダ。
少量のドレッシングとミモザの香りで頂くレタスとアスパラは、いつもより甘く感じる。
上も下も、黄色い可愛い花が咲いている。
一口食べるごとに、多幸感が溢れた。

お客さんが開店から一人も来ない。
小さなカフェを営んでいると、こういうことがたまにある。
天候とか、日にちとか、色々問題はあるのだが、もともと丘の上にある小さな箱庭のような場所には、人はあまり寄り付かない。
来るのは、常連客かリピーター。
それか可愛い自然の猛者、猫や小鳥達だ。

他にも、春にかけて虫やらイタチやらが顔を出すが、基本的には猫や小鳥ばかりだ。
彼らは、朝一番のお客人だ。
庭の草木の世話のついでに、毎朝、飲み水を取り替えてやり、お客さんを連れて来てほしいと願いながら仕込みの余りを融通する。

とはいえ、タダ飯喰らいの彼らが一度もお客さんを連れてきたことはない。
いつも、前払いでご飯をやったら、ふいと何処かへ行ってしまう。
昼近くになっても、人っ子一人来ない。
今日は、誰も来ないかもしれない。
そうなれば、自分の時間に使ってしまおうと、テーブルをミモザの下に移動してクロスをひいた。
蓋のない水差しに、ミモザの花がキラキラと落ちる。
ミモザを見上げると、ご飯を期待する小さな眼差しが二つ。
ニコリと笑うと、今度はフワリと足先を何かが暖める。

尻尾を絡めて上目遣いでお強請りをしてくる太った三毛猫は、ニャアンと一鳴きした。
お客さんに、何も出さないなんて店長の名がすたる。
一口分ほどの、ご飯をそれぞれに融通してやり、私も甘く瑞々しいサラダを味わった。

食事を終えると、彼らはどこかに行ってしまった。
また一人寂しくカウンターに肘をついて、来客を待っていた。

そこに、カランとドアベルが鳴った。
瞬時にシャキと背筋を伸ばし、今日初めての人のお客さん達に声をかける。
カップルらしき二人に席の案内をすると、またしてもベルが鳴った。

どちらもご新規さんで、窓から見える庭のミモザが素敵だと喜んでいる。
案外、あの小さな客人達が連れてきたのかもしれない。
お客さん達にも、私の食べたサラダと同じものを出した。
庭に通じる窓を少しだけ開けると、フワリと優しい香りが室内に入ってきた。