ショートストーリー 猫と刺身盛り合わせ

舟盛りの刺身は、派手で大漁旗が似合う。
マグロにカツオ、イカにエビ。
冷たい切り身が、口の中でとけていく。
鼻に抜けるわさびと醤油が、潮の香りと混じり合う。

木製の舟型の器は、景気付けにはピッタリだ。
久しぶりの飲み会が上司と……というのが気に入らないが。

上司は、俺の心打ちなど知るよしもなく、良い気分になっている。
パソコンが苦手な上司らしく、テレワークの嫌なところをあげつらっている。
部下の表情が見えないと仕事の分配もままならないとか。
サボっている人間が分かりにくいとか。
特大ブーメランが自分に刺さっている愚痴を語り続けていた。
面倒この上ない。こういうときは、ただただ美味い刺身を食べるに限る。
目の前の一人用の舟盛りに箸を伸ばす。

アクリル板を挟んだ上司の顔は、パソコンの画面上に映っていた時よりも遠く感じる。
それが、飲み会をほんの少しだけマシにさせていた。
テレワークを始めた頃のオンライン飲み会は酷かった。
仕事も飲み会もオンラインになったことで、やっと上司から少し離れてのびのびと出来ると思っていたのにそうではなかった。

飲み会は、上司のドアップの顔を見る羽目になったし、上司の愛犬の歌う姿を永遠に見せられるし、何よりも終わりが見えなかった。

とはいえ、夜の十時も回ると早く帰りたい。
俺は適当な相槌を打ちながらチラチラと時計を見る。
こうすれば、馬鹿にされながらも早く帰れる。
愛猫が待っていると言えば、愛犬家の上司は犬の方が賢いなどと言いつつも、同じペットを愛する者同士、開放される。

今日も、何十回目かのチラリズムでやっと俺の視線に気が付いた。
学生かというクダリと、犬派の小言は終業の合図だと思って甘んじる。
その体制を作ったのに「もうこんな時間か。早く帰れよ」と今日はやたらとアッサリと返してくれた。

あまりの変わりように、同じように飲んでいた同僚や先輩達も驚いていた。
先輩なんかは俺へのやっかみ半分で「夜はまだまだこれからじゃないですか。あいつは、なっちゃいませんよね」とここぞとばかりに攻撃していた。

「なに、言ってるんだ、お前。コイツのうちにはカワイイ猫ちゃんがいるんだぞ。あんな子を長くヒトリにさせられるわけがないだろう。あぁ、そうだ。猫ちゃん用に刺身でも、持って帰りなさい。金は私が出しとくから」
上司はそう言って、店の大将に無理を言って土産用のパックに刺身を詰めて貰った。

皆、ポカンと空いた口が塞がらなかった。
俺もそうだが、早く帰りたいのは事実でお先に失礼しますと、そそくさと帰った。
帰宅すると、愛猫は玄関で待っていた。
俺の顔を見るなり、ギラリと目を光らせ刺身の入った袋をひたすら気にしている。

目敏い彼に、ご飯用の皿にわけてやる。
食いっぷり良さに感心しながら考える。
なぜ、上司が掌を返したのか。
お披露目をしたことも無かったはずだが。
そう思ったが、机の上のパソコンを見てハッとした。
そういえば、オンラインでの会議のときは愛猫が入れないようにしていたが、オンライン飲み会では部屋を開きっぱなしだった。

机の上に登ってきたことは無かったが、後ろを歩いたり、すり寄ったりと、頻繁にアピールをしていた。
その姿が寂しそうで、写らない机の下で遊んでやったりもしたが……。
きっと、チラチラと映っていたのだろう。
誰も何も言わなかったのは、オンラインの飲みの席でも上司の独壇場だったから口を挟めなかったのだろう。

こうなったら猫様様だ。
そうなれば、マグロなど今までの働きに見合ったご褒美だ。
満足そうに口元を舐めて、毛づくろいし始めた彼に、しばらくは刺身をやらねばと決意した夜だった。

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