ショートストーリー フラムクーヘン(ドイツ、フランスの薄焼きピザ)
サクサクの軽い生地。
サッパリしたサワークリーム。
油の美味しいベーコンとピリ辛の玉ねぎ。
黄金比率の調和は、名残惜しさも感じさせる暇さえも与えずに無くなる。
急に日本が恋しくなった。
昼間こそドイツのクリスマスマーケットは、さすが本場だと感嘆していた。
だけど、夜の痛いくらいに寒い季節。
クリスマスに家族連れで賑わうドイツ人達を横目に、一人アパートまで帰るとさすがにホームシックにもなる。
私かドイツにやってきたのは、絵の修行の場として選んだからだ。
童話が数多く産まれたドイツを拠点に置けば、独創的な何かが得られるかもしれない。
と日々、キャンパスに向かった。
ストリートで描くこともあったし、アパートの住民やネットの繋がりで、生きていけるほどの売上はあった。
独創的な何かが降りてきた覚えはないが、着実に画家として研鑽は積めている。
けれど、やっぱり無難に留まっているばかりだ。
何かあれば儲けもの。
そんな気持ちでクリスマスマーケットに出かけたのだ。
だが、今日はクリスマス。
家族で連れ歩く人々ばかり。
天使の壁画が似合いそうな、幸せな風景ばかりが目に映った。
ショーウィンドウのガラス越しに見える自分は、何もないコートのポケットの中に手を突っ込んでいる。
繋げる手がないことに猛烈に寂しくなる。
一瞬、別れた妻と妻が引き取った娘の顔がフラッシュバックする。
ドイツの冷たい風が、心を冷やしているように思えて、舌打ちが出た。
遠い日本を思う。
娘にサンタは来ただろうか。
甘いケーキを食べただろうか。
そんなことばかり浮かんでは消える。
しっかり者の元妻が、誰の心配をしているんだと、然り飛ばしてくれる声が聞こえそうだ。
あまりの辛気臭い雰囲気に頭を振る。
本当は、日本食が食べられればオツなのだが、こればかりは仕方がない。
一番近くの出店でフラムクーヘンを頼む。
ドイツでも、フランスでも、炎のケーキと言われている。
薄焼きピザに近い食べ物だ。
一口食べて、抵抗なく食べられることを確認する。
食べ慣れた味に安心した。
日本でもクリスマスの馬鹿みたいにデカいピザは、定番だったと笑いながら、大きすぎるフラムクーヘンをかじる。
サクサクとリズムを刻むクリスピー音に、こざっぱりした親しみのある味を夢中になる。
大学時代に夢中で食べたピザみたいに食べ、夢中で思い出に浸る。
その間、すっかり元妻と娘のことは頭になかった。
その時、頭に浮かんだのはショーウインドウの中身を欲しがる自分だった。
使わないものを欲しがる自分は、鏡の中に入りたがっているおとぎ話の子供のようだった。
フラムクーヘンの最後の一欠片を食べきり、画家心に火がついた。
走ってアパートに帰って、仕事部屋に籠もった。
部屋から出てきた時には、クリスマスが終わった頃だと思っていたのに、正月すら終わっていた。
驚きも悲しみもなく、晴れ晴れした気分で腹を満たしにコートを手にする。
マーケットに出店していたフラムクーヘンの店を調べて、足取り軽くアパートを出た。