ショートストーリー たけのこのおこわ

ほっくり、シャッキリ、もっちり。
ふわふわと醤油の香ばしさが鼻孔をくすぐる。
炊きたての湯気まで美味しくて、お腹の虫も待ちきれないようだった。
一口噛めば、たけのこの水分をジワジワともちもちの米が絡む。
口の中に留めておきたくなる春の味。

春の強い風が、梳かした髪を荒ぶらせる。
せっかくのゴールデンウィークに、綺麗に化粧までして出掛けたというのに台無しだ。
映画館も子供連れで混雑を極め、水族館はカップル達がひしめき、その隣を子供が走り去り保護者が追いかけるというカオスと化していた。

普段の接客業で人との交流が億劫になっていた。
少しでも、心安らげる場所を探してあちこち彷徨いて見たが、どこもかしこも人だかりが出来ている。
春の小嵐も手伝って、髪も心もぐちゃぐちゃだ。
人通りの多い大通りを避けて、小道に入ると嘘のようにシンと静まり返っていた。

建物に遮られて風も幾分マシになり、気分良く宛もなく彷徨う。
古い家々が続く小道は趣深く、それだけで散歩も面白い。
奥へ奥へと進んで角を曲がると、小料理屋が看板を出していた。
木製に墨で店の名前を書いてある。
達筆すぎて文字が読めないが、営業中の看板の文字は辛うじて読めた。

小腹も空いたところだしと、静かな雰囲気に気を良くして引き戸を開けた。
着物と割烹着がよく似合う美人な女将さんが、出迎えてくれた。
小腹が空いていることを伝えて、料理をおまかせした。
「かしこまりました」
気を遣わせない女将さんの笑顔は、不思議と安心感があった。

出てきたのは、釜に入ったおこわ。
おこわの頂上に置かれた、さんしょうの葉の香りを楽しんで脇に置く。
匂いに誘われて、しゃもじを動かす手が勝手に動く。
小ぶりな茶碗はすぐにモリモリになって、食べられるのを待っていた。

ゆっくり味わって噛み飲み込む。
胃にじんわりと暖かさが広がった。
美味しさに口を開くことも忘れて、釜を空っぽにした。
満たされたお腹から、力が湧いてくるように感じた。
お茶を入れに来てくれた女将さんに、それを伝えると
「旬のものを食べると、体が元気になるっていうから」
そう笑ってくれた。

会計を済ませて、来た道を戻り大通りに出た。
人通りは相変わらず多いが、来た時とは違い心穏やかに帰宅した。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。