ショートストーリー 猫とチキンドラムの照り焼き

キラキラ光る肉付きの良い鶏の足。
持てと言わんばかりの骨。
かぶりつけと言いたげな肉。
甘辛いタレは、誰が食べてもうまいと唸りたくなる味付けだった。

夫は何でもキッチリとするのを好む。
仕事も完璧主義だし、お風呂掃除も、洗濯物を干す時も等間隔。
几帳面の化身みたいな人だ。

リビングのローテーブルに置いているティッシュとリモコンの置き位置も決まっている。
テーブルの端から5ミリ空けて、ティッシュ、テレビのリモコン、オーディオのリモコン、エアコンのリモコンに並べなければ気がすまない。

こんなにもかっちりと整理整頓好きな夫だが、意外にもアイドル好きでCDは必ず購入するし、猫は結婚する前から三匹飼っていた。
それほど可愛いもの好きなのだ。

無論、アイドルグッズやCDはキッチリと収納棚に片付けられ、BGMとして流すアイドルCDは、オーディオの横に立てかけられている。
猫のトイレも数ミリの誤差無く、三つ並べていて、彼らのおもちゃも等間隔に飾られている。

猫達が戯れる度に、慈愛に満ちた目でそれを眺めて、彼らが飽きれば猫達のそれぞれの気に入りのクッションの横に並べる。
休日は、それで大半の時間を費やす。
あとは、ライフワークのヲタ活を少々というところだ。

会社にいるときは、真面目腐った顔で部下に指示を出しているくせに、猫とアイドルには甘々だ。
今も、リビングのテレビでアイドルのライブ映像を見て、次のライブの予習に励む。
彼の軍隊を思わせるヲタ芸は、癖があって面白い。
どこの動きを取っても、カクカクしている。
コマ送りのようだ。
猫達は少し離れたところで、夫を見守っている。

猫達は、躾けたわけでもないのに大きい順から大中小と横並びになって、優雅に横たわる。
伸びをするのも大中小と順番にして、そのしなやかさを夫も見習ったら良いのにと思うくらいだ。
当の本人は、ライブ映像のアイドルに合わせて、両手をグルリと体の前で大きく回す。

画面のアイドル達は、上半身を使ってしなやかに回すのに対し、夫は時計の針が3時6時9時と示すように、順を追ってカチコチと回る。

一連の動きが硬い夫が一回転しない間に、アイドル達は次の動作に移るので、彼はてんやわんやで踊り続ける。
そんな彼をキッチンで飽きずに見ていると、あっという間に肉が柔らかくなった。
夕飯の準備が出来た事を察知した三匹の猫は、私に駆け寄ってくる。

誰も教えていないはずなのに、なぜ肉の出来上がりが彼らにわかるのだろうかと不思議に思う。
テーブルに食事を用意して、汗だくの夫を呼ぶ。

何でもキッチリとしている夫でも、チキンドラムを食べている時はワイルドだ。
歯をむき出しにして、手を汚して食べる。
そのギャップが好きで、よく食事に出すのは夫には秘密だ。
猫と変わらない野生的な食べ方に、キュンとするのだ。
タレを口の端につけて食べる照り焼きは、特にイイのだ。

こういうとき、私にとってのアイドルはまさに夫だ。
推しというやつだ。
夫の好みに合わせた甘みの強いチキンドラムをちまちまと食べる。
正面の夫を見ながら食べるそれは、格別だ。
変わって三匹は、物欲しそうに大中小と並んで夫を見上げていた。
潤んだ瞳は確かに愛らしく、思わずオヤツを出してあげたくなるのだが、私の推しは猫たちのカロリーもキッチリと目を配っているのでそれは出来ない相談なのだ。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。