ショートストーリー ちらし寿司ケーキ
甘酸っぱさが優しく喉を通る。
華やかに飾られた酢飯で作られたケーキは、当然、三角形に切られて配られた。
ケーキの顔した酢飯に、サンタを装う大人の風格が出ていた。
私は、今日のクリスマスを忘れることはないだろうと思う。
ご馳走を作って、息子にクリスマスを楽しんで貰おうと、張り切って冷蔵庫を開けた。
この日のために、ポイントデーに買い込んだし、買い忘れがないか何度もチェックした。
スープやチキンはもちろんのこと、お寿司にだって挑戦してみようと思っている。
本来ならちらし寿司は、祖母や母の担当だが、今年も皆で集まるのは断念した。
器用な祖母は、寿司屋さながらの腕前で握り寿司や巻き寿司まで作ってくれてたことがある。
息子がやたらと盛り上がり、ことあるごとにお寿司を作ってほしいと頼まれた。
私は2年間はぐらかしたり、回転寿司へ連れて行ったり、どうにか引き伸ばしたが、さすがに待たせすぎたと反省している。
息子の寿司への憧れが強くなりつつあった。
クリスマスのメニューの参考に食べたいものを聞くと、お寿司と即答されたのだから。
私の作るベショッとしたちらし寿司なんて、ガッカリするだろうな。
新婚当初に作ったちらし寿司を思い出す。
水っぽいのに、お酢が飛んだ味付けの寿司。
ゾッとすると思いつつ、それもまた思い出だと腹を括って了解した。
我が家の教育方針として、毎年クリスマスの料理作りを息子にも手伝って貰っていたが、さすがに今年は無理そうだった。
寿司のことで頭がいっぱいだ。
夫に息子を外へ連れ出して貰い、当日冷蔵庫を開ける。
飯を炊いて、材料を切り、揚げ物をして、スープを作り、洗い物をする。
ガチャガチャと忙しく音をたてて、そろそろご飯が炊ける頃合いだと、寿司酢の用意をする。
飾りだけでも凝ったものにしようと、買い込んだ桜でんぶや錦糸卵、酢れんこん、スモークサーモンを取り出す。
スッキリし始めた冷蔵庫を見て、あんなに買い込んだのになぁ。なんて感傷に浸ってみる。
息子が届かない場所に冷やされたシャンメリーの横の、ポッカリ空いた空席が妙に気になった。
そういえば、ここは調理をする前から空いていたような。
私は大事なことに気がついた。
瞬間、頭から背中に伝って血の気が引き、急激に寒さを感じた。
しまった。ケーキの予約を忘れている。
ピー。
炊飯器が炊きあがりを知らせる音は、私の心音の停止音かと思えた。
なにがなんだか分からず、キッチンを行ったり来たり、炊飯器の蓋を開けたり締めたりして、考えをまとめる。
夕食はほとんど出来ていて、もう一時間もすれば夫と息子が帰ってくるだろう。
今から買いに探すのも難しいだろう。
チラシを見てケーキを選んでいたとき、どこのケーキ屋さんも予約制ばかりだった。
外にいる夫にスーパーのパックケーキ買ってきてもらう?
いや、息子がガッカリする顔が目に浮かぶから無理だ。
どうしたものかと考える。
その間にも、チラシ寿司を必死で作る。
ご飯に酢飯を合わせて混ぜ込む。
しゃもじを動かす手が、高速でご飯をきる。
職人みたいだなと思う、冷静な自分がいる。
職人なら、華やかなちらし寿司にするだろうな。
そこでふと思い付く。
食品棚のかごに突っ込まれたホットケーキミックスをみやり、冷凍庫のアイスクリーム、冷蔵庫に残るデザートのイチゴを見つけた。
これで、どうにかケーキにしよう。
ホットケーキを重ねれば、らしくなる。
ちらし寿司は、派手な失敗をしてトラウマだが、ホットケーキは毎日の息子のおやつで鍛えられている。
お絵描き好きな息子に買ったチョコペンもあったはず。
ケーキは、どうにかなる。
問題は、ちらし寿司。
これをケーキ型にはめて、形に出来るかが問題だ。
昔作ったベショベショの酢飯なら、まず無理だろう。
私は一心不乱にかき混ぜていた酢飯を手に取り、ギュッと握ってみた。
それはコロンと、程よい握り寿司の形になった。
それを指で摘んで恐る恐る味をみる。
酸味と甘みが共存して、スッと喉へ溶けていく。
ビックリするくらい上手くできていた。
なにか良かったかなんて分からない。
奇跡が起きたとしか思えなかった。
だけど、この奇跡に乗じて仕上げてしまおうと、腕をまくる。
ありったけの使える材料をかき集め、テーブルに乗せる。
ケーキ型に酢飯と具材を混ぜ込んで敷き詰める。
色が変わるように、違う具材を混ぜ込んだものを上に敷く。
乗せていけば、切った時の断面が一瞬で映像化した。
最後に白い酢飯を敷いて、トッピングに移った。
頭の中の映像に映し出される通りの模様を作り出す。
必要なら用意のなかったハムやチーズをくり抜いた。
夫と息子のただいまの声と同時にトッピングを終えた。
星型に抜かれた具材は、願いを叶えてくれるような気がする。
息子が喜ぶ顔だけが私の願いだ。
夫と息子がお風呂に入っている間にホットケーキを焼き切って、保温する。
これで溶けたアイスが特別感を演出するだろう。
スープを温め直し、フライドチキンとシャンメリーを用意して、ケーキの顔をしたちらし寿司をテーブルの中心に置く。
豪華な演出をするちらし寿司ケーキに、息子も夫も興奮していた。
ホットケーキで出来たケーキを食べている間も、凄い凄いと褒めてくれて、なんだか少し申し訳無くもあった。
来年こそは、忘れないと一人心に誓い残ったケーキにラップをかけて、冷蔵庫の空席に納めた。