ショートストーリー トマトソースパスタ
赤く艶ある実。
滑らかな舌触り。
旨味が広がる甘さ。
ほのかに残る酸味。
作り上げるまで、じっくり煮込む。
縁まで白い皿に盛った赤が、みるみる減っていくのを想像する。
実家から完熟トマトが箱で届いた。
早く食べて言わんばかりの熟しよう。
試しに一つ夕飯で出してみる。
よく冷えた甘い赤は、フルーツみたいに私の心を満たしていく。
だけど、トマト嫌いの息子にはただの敵でしかない。
嫌な顔をしながらも食べるのは、敬愛する祖父母のためなのだろう。
ゆるり、ゆるりと減っていく赤に、申し訳なさがこみ上げた。
翌日、私は朝からトマトの皮を剥く。
完熟のトマトの皮は、ツルリと簡単に実から離れる。
湯剥きし終えたトマトを鍋に入れ潰す。
ゆっくりコトコト、火を入れる。
少ない酸味が、もっと少なくなるように。
塩を入れて甘みが引き立つように。
息子が笑って食べられるように。
何時間もかけて煮込まれたトマトソースにパスタを絡める。
このトマトソースは、かけた時間だけ愛情が入っている。
それもトマトを作る時から、かけられた愛情。
息子はその愛情を知ってか知らず、そのパスタを時間をかけず、あっという間に食べきった。
白い皿の底が見えるまで、ずっと笑顔のままだ。
息子の皿は、赤から白に綺麗に変わる。
一滴の赤も残らないほど、綺麗に食べきる。
彼のごちそうさま。の笑顔はかけた時間が倍になって、戻ってくるような暖かさを感じる。
だから、私はまた作ってしまう。
じっくり煮込んだトマトソースを。
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