ショートストーリー 電車と和食定食
ご飯と味噌汁から湯気がたつのを見て安心感を覚える。
鮮やかに焼けた塩鮭のピンクの色みが、目に染みる。
ありがたさに手を合わせて味噌汁を飲み、暖かさと味噌の香りを喉で味わう。
生きた心地がした。
殺伐とした社会で忘れかけていたことを、思い出せた。
帰宅するための電車内。
ヘトヘトで今にも崩れそうなほど疲れていた。
車内の蛍光灯が目に痛いくらいだ。
スマホを取り出す元気もないほど、何かがすり減っていた。
あまり混んでいない座席にどっかり座ると、電車が動き出した。
早くつけと、目を瞑って最寄り駅を念じるように思い浮かべる。
前方からゴソゴソとカバンを漁る音がした。
気になって目を開けると、高校生が弁当を取り出していた。
ドデカイ弁当の中身は、ぎっしり詰まったご飯と彩りの良いおかず。
野菜も肉もたっぷり入った栄養満点の弁当だった。
私の視線を感じた彼は、ハムスターみたいに頬袋に詰め込んだ食べ物を一気に飲み込んで、小さく謝罪してきた。
臭いを気にしたと思われたのだろう。
私が気にしていないといい、逆に食べっぷりを褒めると彼ははにかんだ。
そのまま黙っているのも気まずいので、世間話程度に弁当のことを聞いてみた。
彼は、恥ずかしそうに母が作ってくれるのだと話し始めた。
この年頃なら、母親に弁当を作ってもらうことなど、なにも恥ずかしいことはない。
それが例え、部活終わりから家に帰るまでのツナギ目的だとしても、育ち盛りの胃袋とはそういうものだ。
しかし彼は身の上話の間、幾度も母親へ感謝を述べていた。
部活動での必要な送迎なども感謝してもしきれないらしい。
未成年の真っ直ぐで純粋な家族への思いは、擦り切れた心に響くものがあった。
彼の食いっぷりも弁当の良い香りも、最寄り駅に着いたあとも、どうにも忘れることが出来なかった。
いつもならコンビニに立ち寄るところを、定食屋に入ることにする。
割烹着を着たオバちゃんが景気の良い挨拶と共に、注文を聞いてくれる。
オバちゃんは、元気の良い掛け声と一緒に定食を運んでくれた。
オバちゃんの人懐っこさと、バランスの良いおかずや暖かい味噌汁は、実家の母を思い出した。
あの少年も母親の手料理を食べている頃だろうと思うと、胸が熱くなる。
暖かい食事に、ひさびさに生きた心地がした。
いつの間にか自分の心は、都会に吹く風で冷えていたことを今更実感した。
あの少年が大人になる頃は、心が冷えてしまうような社会にしたくないなと、柄にもなく気力が湧いた。
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