ショートストーリー クリスマスケーキ
生クリームとスポンジが口の中で溶けていく。
音もなく消えていくさまが雪のようで、締め切ったドアを開けて雪が降るのを待っていた。
販売中の看板を掲げたサンタクロースの格好のダサイ着ぐるみに、土下座されて買ったワンホール。
いい事があるからと、詐欺師のような占い師のような信用ならない言葉を並べていた。
イヴの真夜中に一人で帰宅する男に、いったい何があるって言うんだ。
そんな風に不貞腐れて、誰かがポイ捨てたビール缶を蹴飛ばした。
缶は、放物線を描いて物陰に飛んでいった。
ビルとビルの隙間に入り込んで、
「あいた!」
缶が飛んでいった先から、人の声がした。
十中八九、九分九厘、自分の蹴り上げた缶のせいだと罪悪感を感じて、そっと奥を覗く。
「缶をポイ捨てたのは誰だ」
暗がりで動く影はそう言って、のそりと身を震わせる。
動いた影が思いの外、大きくて逃げようと振り向いた。
しかし、影はしっかり俺の存在を把握していたようだった。
「空き缶をぶつけて置いて、謝らないなんて悪い子だ」
怖くてじっとしていたが、後ろから肩を掴まれ振り向かざるを得なくなった。
ビルの隙間から出てきた影は、赤い服の大男だった。
俺は声も出ないで、口をパクパクさせていた。
目が合うと、大男は2メートルほどの身体を揺らして笑う。
「サンタがそんなに珍しいかね」
大男は、ポケットからサンタの三角帽子を取り出してかぶりながら、そんなことを言う。
確かにサンタの格好だが、俺の知っているサンタは、先程クリスマスケーキを押し付けてきたサンタのような、なんちゃってサンタくらいだ。
サンタらしい体格のサンタが似合う大男は初めて出会う。
その迫力に、なぜかホンモノだと無条件で信じた。
「すいませんでした」
迫力あるオーラに圧倒されて、ボソリと零した謝罪でもサンタのおじさんは、ニッコリと笑い許してくれた。
「素直に謝れるのは良い子だね。良い子にはプレゼントだ」
そう言って、おじさんが大袋から出したのは先程サンタの格好をした着ぐるみに貰ったのと同じワンホールケーキだった。
「食べるといい事がある」
それだけ言い残して、サンタのおじさんはビルの隙間から出ていくと、夜に溶けていった。
信じられない思いで、フワフワとした気持ちのまま帰った。
時計の針は、12時をとっくに過ぎていた。
ホールケーキをそのままフォークですくって食べる。
雪のように溶けていく甘さが身体に染みた。
リンリンと、どこからか鈴の音が聞こえた気がした。
音を辿って窓を開けると、雪の結晶が落ちてきた。
見上げた空には、赤い服の大男と着ぐるみがソリの上から手を振っていた。
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