ショートストーリー 武闘家とハーブミルク
鍋に火をかけ、ミルクを温める。
摘みたてのカモミールの花をポンと浮かべた。
湯気はミルクの香りに混じり、カモミール特有のりんごの香りも徐々に濃くなっていく。
ミルクが温まったところで、カップに移し、スプーン一杯の蜂蜜をかき混ぜた。
一口飲めば、りんごが香る優しい白色の花畑が口の中に広がった。
深く腰を落とし、何もないところへ正拳を繰り出す。
低く風を割く音に、自分でも満足する。
それを見ているのが、白い小さな花を咲かせているカモミール達。
小さな花を観客に見立て、武闘家は鍛え上げた腕の筋肉を盛り上げてみせる。
小さな鉢の中で、風に揺らめくカモミールは花を上下に振っている。
それは、武闘家の筋肉を褒め称えているようだった。
武闘家による独演会は、始まったばかり。
朝日がミラーボールの役目を果し、そよ風が観客の声に武闘家には聞こえる。
筋肉に力を込め続け、額に汗を流す。
だ自分に酔い始めた武闘家は、
「お前達、なかなか分かるやつだな!」
と熱く可憐な花に筋肉の鍛え方について語る。
顔は血管が切れそうなほど真っ赤だ。
そこにブリキのジョウロが飛んでくる。
血管は切れなかったが、頭が割れそうに痛い。
「痛い!」
盛り上げた筋肉に似合わない涙を見せながら、武闘家は頭をさする。
花たちはクスクス小さく笑うように、小さくさな風に身を震わせている。
「この筋肉馬鹿! 朝の仕事をサボるな。服を着ろ!」
声をもとを辿れば、ジョウロを投げたであろう華奢な少女が立っている。
「ごめんよ、ねーちゃん」
武闘家は小さく謝った。
武闘家はすごすごとジョウロに水を汲み、庭中の至るところに咲く花に水をあげた。
武闘家は花屋の息子。
姉と二人で店を切り盛りしている。
花を愛する彼の身体は、花のために今日も使う。
そして、少しだけその恩恵を頂く。
カモミールの花を摘み、ミルクと煮出す。
キツい性格の姉も顔を和らげる。
「やっぱり、あんたの育てたカモミールは香りが違うわ」
「ねーちゃん仕込だからね」
照れて笑う姉と弟。
開店前の花屋の優しいひとときをカモミール達は、花を揺らして楽しげに覗いていた。
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![小早川 胡桃](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/28611880/profile_70e2b6959c2c59abde67a9730338c3d9.jpg?width=600&crop=1:1,smart)