ショートストーリー きのこのリゾット
お米に沈んだきのことチーズの香りは、鼻の深いところで絡まる。
ひとさじ分、息を吹き掛け冷ます。
旨味が凝縮された匂いに唾が貯まる。
待ちきれず口に入れた。
冷ましきれていないリゾットを舌の上で踊らせると、また食欲を刺激する香りが唾液を誘った。
幼馴染の両親が開くイタリアン料理店は、大学でもなかなかの評判だった。
バイトをしていると、何度も見知った顔が来店した。
持ち前のコミュニケーション能力を遺憾なく発揮して、親しくなり常連になってもらう。
私の時給も上がる、幼馴染の両親にも喜んでもらえる。
文句のつけどころのないバイトだった。
そんな中、同じ学部の男の子が女の子と一緒に店に来た。
話したことはない。
ただ、彼が優秀で誰でも分け隔てなく優しく接しているところは、何度も見かけていた。
勉強熱心なのか図書館で調べ物をしているのを見かけたりもした。
そういえば、高いところにあった本をとってくれたこともある。
そのことを思い出した時に私は、彼が女の子を連れているにも関わらず、横から割って入ろうとしていた。
結局、彼らの友人だという客に呼ばれて、客の食事を邪魔するなんて不粋をしなくてすんだ。
その友人という男に、全て見られていたと思うと恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
ちょうど幼馴染が賄いを用意してくれたので、奥に下がる。
気持ちを落ち着かせるため深く息を吸うと、幼馴染の作ったリゾットの香りがして、何もかも忘れさせた。
マッシュルームの肉厚な歯応えやチーズの濃厚さ。
リゾットだけにしばらく集中した。
幼馴染が、そんな私を見て安心していたことは知りもしなかった。
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