ショートストーリー じゃがいものニョッキ
むっちり、もっちり。
チーズの風味にバターの香り。
塩加減もほどよく、ぶつ切りで茹でられたニョッキは、ソースの味に負けず素材の味を発揮している。
留学中にホストファミリーのマンマから教えてもらった、僕が唯一作れる料理。
いつもは安いレトルトソースをかけるが、今日はカポナータで和えた。
彼女の作るカポナータは、野菜がたっぷり入っていて健康的だ。
元気なトマトの赤色は彼女そのものを表しているみたいで、貰うたびくすぐったい気持ちになる。
彼女と友人が家族経営するイタリア料理店でバイトする娘経由で持ち帰られる夕飯。
いつもなら仕事をしながら口に運ぶのだが、今日はあの留学中のマンマを思い出したから手を加えることにした。
翻訳の仕事、食事のシーンがあるとどうしてもイタリアのマンマを思い出す。
『イタリアに美味しいリストランテは沢山あるけれど、一番のリストランテは我が家』
そうやって自分の冗談に笑って、じゃがいものニョッキを教えてくれた。
捏ねて、茹でて、ソースに絡ませるだけなら不器用な僕でも、いつでもリストランテが出せるようになると笑ってた。
太陽みたいに笑っていて、家庭を持つならこんな風にと憧れた。
明るい人と結婚したのは良かったが、うまくいかなかったのは残念だ。
励ましにきてくれた友人の妻は、何か言いたげだったけれど、僕は後悔していなかった。
確かに、別れたことや憧れた家庭を築けなかったことは悲しいことだったが、娘を残してくれたのはとても幸福なことだった。
僕のニョッキを食べて、我が家を、友人達の店にも負けない最高のリストランテにしてくれる人がいれば幸せだ。
賄いを食べて帰ったはずの娘は、カポナータに紛れたニョッキにも手を付ける。
「美味しい?」
聞けば娘は太陽みたいに笑っていた。
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![小早川 胡桃](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/28611880/profile_70e2b6959c2c59abde67a9730338c3d9.jpg?width=600&crop=1:1,smart)