ショートストーリー チョコレートフォンデュ

苺に絡みつくチョコは、
妻のいる男に取り巻く女のように
ドロドロしている。

しかし、それさえも美味しく頂ける私は、彼女らよりも遥かにドロドロとした愛を抱えている。
爽やかな苺は、それを知らないけれど。

夫が持ち帰ったチョコレートを溶かす。
ドロドロに溶かす。

バレンタインデーが日曜日といえど、私の夫は関係ない。
日曜日でも出勤する。
今年も夫は、社内の女の子達からチョコを貰う。たくさん。
量産型の地味な義理チョコから、子供じみたチョコ、目上の人からの高級チョコ。明らかな本命チョコまで混じっている。タグなんてなくとも、女が見れば分かるもの。

何年も一緒にいる夫の愛され具合をこの時期になると、深く認識する。
彼は、モテる。人間的にも可愛がられるのだ。

野球にサッカー、ボルダリングとアクティブな趣味を複数持っている彼は、スタイルも良く。
顔は平凡でも、穏和な性格は人たらしだ。
食堂や掃除のオバちゃん達には、孫のように。
上司や取引先からは頼りにされ。
同僚からの信頼も厚い。
同じ職場にいたから、よく分かる。

だから、結婚した後も大量のチョコを抱えて帰ることも覚悟している。
夫は、収穫祭のように笑って持ち帰り、私に別けてくれる。
もちろん、私もどれが好きだとか、ここの商品は質が落ちたとか、散々好き勝手品評会をする。

全ての箱を空け終えると、有り余るほどのチョコを冷蔵庫に綺麗に並べてしまう。
こうして2月14日は終わり、私のバレンタインデー本番が始まる。

翌日15日。
夫が帰宅する前に、準備する。
冷蔵庫に並べたチョコレートを束にして、取り出した。

明らかな本命チョコを真っ先に砕く。
高級チョコレートも遠慮なく。
ウイスキー入りは、丁寧に割って。
全て湯煎し、少しの牛乳を加える。
最後に取り出したウイスキーで香りを付けると、夫が帰ってくる。

軽く夕飯をすませて、一日遅れのバレンタインを二人で始めた。
苺にチョコをディップして、幸せそうに頬張る。
私も苺にチョコをたっぷりつけた。
カカオのビターな香りと、みずみずしい苺が下の上で溶けていった。
高級チョコに感謝しながら、また苺にチョコをつける。

「そういえば君からのバレンタインは毎年、チョコレートフォンデュだよね」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど、貰ったチョコを使うならチョコレートケーキでも良いんじゃないかと思ったんだよ」

確かに、私はチョコレートケーキも好きだし、よく作るけれど。
「これで良いのよ」
私は、夫にそれだけ言ってチョコレートがついた苺を咥えさせた。
味を聞けば夫は素直に、美味しいと答えた。

苺は夫が一番好きな果物。私も好きだ。
甘くて、かわいくて、誰からも愛される。
まるで彼のような果物だと思うし、それを好きだと言う彼も似合う。

欲望入り混じるチョコレートがたっぷりついても、苺の味は変わらない。
甘くみずみずしく爽やかだ。

「会社の女の子達にお礼言ってくれた?」
「うん。美味しかったって言ったら喜んでたよ」

本来なら、捨てられてしかるべき、欲の塊を使ってあげているのだから、感謝されて当然なのだけれど。
という言葉は飲み込んだ。
可愛い夫に微笑んで、ホワイトデーのお返しは一緒に買いに行こうねと、約束を取り付けた。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。