ショートストーリー まき寿司

例年より早く梅雨に入り、早々に雨ばかりとなった。
一日目、二日目は、葉に落ちて弾ける雨の音が新鮮で、ずっと聞いていたかったが、三日、四日と続くと太陽が恋しくなってきた。
前髪が目にかかったときみたいなどんよりした暗い色どり。
苔が好きそうな湿った空気。
気分が下がる。

せめてご飯は、明るくなれる食卓が良い。
しかし、ファミレスの重たいハンバーグも居酒屋のジューシーな焼き鳥も欲しくない。
ゴールデンウィーク中に食べたご馳走と酒の名残りが、いまだに身体にまとわりついていた。

食の細さに老いを感じながら、しかたなくスーパーへ買い出しに行く。
惣菜コーナーの揚げ物の香りで、少しばかり食欲を取り戻したが、食べる気にはなれない。
そうかといって、茶色い煮物も気がのらない。
悩んだ末に手にとった巻き寿司。

色とりどりの海鮮がちょっとはみ出している。
ゴールデンウィークの名残だろうか、ちょっと豪華だ。
そのあと引く連休っぽさに、余り物感を覚えて、なんとなく自分と似ている気がして、手に取りやすかった。
家に帰って、パックの蓋を醤油受けにしてまき寿司を喰らう。

サーモンとマグロの主張が激しい。
それでもイカも負けていない。
大葉と卵も、噛むほどに香る。
色んな味がする。
一口噛むごとに違う味のする口内に集中すると、雨の音も気にならなくなっていた。

食べ終える頃に、やっとタン……タン……と雫が脈打つ音が聞こえた。
音につられて、ベランダに出ると細い月が雲の隙間から出ていた。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。