ショートストーリー マカロン

シュワリとほどけるメレンゲ。
中からとろけるクリーム。
どちらも愛らしいピンク色で、どちらからも可愛らしい苺の姿がはっきりと想像できるほど苺の風味が香る。
一口、二口と口に含むだけで、あっという間に無くなってしまう儚さは、熟した苺の弱々しいまでの柔らかさを連想させた。

あれほどまでに女の子らしさが凝縮したマカロン。
それは私の大好物だ。
親の影響で武道を嗜む私には、遠い存在ではあるものの可愛い見た目と繊細な味には、私の中の女の子の部分が全力で欲する。
大会に優勝したら、たっぷり食べる。
そう決意して、優勝トロフィーを持ち帰った。

だが、普段汗臭い私がケーキ屋に入るなんね可笑しいのではないかと、トロフィーを持ち帰って一週間が経った今もマカロンは食べれていない。
次の大会のための練習帰り、おとぎ話から出てきたような外観のケーキ屋の中をそっと覗く。
視力の良さに定評のある私は、屋外からでもショーケースの中に飾られてあるピンク色の小さなマカロンをさっと見つけられる。
ただ、中に入る勇気がないだけで。

今日も通り過ぎるだけ。そう思っていた。
だがレジ前の女性と目が会い、こっちにおいでと手招きされた。
無視するわけにも行かない私は、可愛らしい外観の店に入る。
私を呼び入れた女性は、可愛い制服に身を包んでいる。
道着を片手に、髪も短く切りそろえた私とは正反対だった。

「どれにしましょう?」
彼女は私が店に入るなり、そう言った。
マカロンの入ったケースを全て出して。
目を白黒させる私に対して彼女は続けた。
「一週間も毎日、お店の前にいたってことは欲しいんでしょ? お代は大丈夫! サービスってことにしとくし! これでも店長だから」
私は、それでも分からなかった。
どうして私が欲しているものがケーキではなく小さなマカロンだと言うことを彼女が知っているのか。
私の戸惑いに気が付いた彼女は、カラッとした清々しい笑顔でこう続けた。
「柔道の大会で優勝した子でしょ。新聞に出てたよ。インタビューされた時の記事読んだの。マカロンが食べたいって言ってたじゃない。うちの店のマカロンがスター選手の口に合うといいんだけど」
彼女はまた快活に笑った。
それは、少しの照れくささが混じっただけの優しい笑顔だった。

インタビューを受けた時の侮辱的な笑顔が、どうしても忘れられなかった。
我慢をしていた分マカロンを食べたい。
本心だったのに。
後ろに控えていたメンバーも馬鹿にしたように笑っていた。
似合わない。
クラスメートにも誂われた。
体格も大きくて人を投げ飛ばすような私が、小さなマカロンを食べるのはキャラクターに無いらしかった。
それがショックで入れなかったけれども、この店の主は記事一つでアッサリと私を肯定してくれた。
ピンク色のマカロンを控えめに指差すと彼女は、オッケーと軽い口調でそこにあったピンクのマカロンを全て箱に詰めた。

驚いた私に彼女はまたあの笑顔を見せる。
「いいのいいの、気にしないで。その変わりに次の大会で優勝した時もマカロンが食べたいって言ってくれたら良いから。出来ればうちの店を名指しで」
家に持ち帰ったピンク色のマカロンは、店主と同じ優しく愛らしい味がした。

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小早川 胡桃
沢山の記事の中から読んで頂いて光栄に思います! 資金は作家活動のための勉強(本など資料集め)の源とさせて頂きます。