怖いという感覚
最近ハマっていることの一つで怪談を聴くというのがある。夏だからというよりは一定の周期で怖い話を聴きたくなる時期がある。
ラジオでもそうだがじっとして聴いているよりも、なにか行動をしながら聴く、いわゆるながら聴きのほうが集中出来ることが多い。特に夏に怪談を聴く上でいいのが自転車をこぐ事だ。夜中ならば尚更良い。
夜は交通量が少ないので無心で漕ぎ続けられる。誰もいない。異界に迷い込んだような不思議な感覚を味わえる。
よく良く考えたら昔はこんな工夫をしなくても怖かった。怪談を聞いたあとの夜は寝付けないほど興奮してしまったし、いつもどこかから見られているような気がした。
素直に怖がることが出来なくなったのはきっと大人になるにつれて色々な事を知ったからだと思う。
結局のところどこからも見られてはいないし、暗闇の中に何かありそうでも実際は何も無い。
何も無いことを知っているから怖くはない。
知識を得ることによって感覚的なものが鈍くなり、心霊的なものの怖さをそこまで感じなくなってしまった。これは少し寂しい。
逆に人間的なものの怖さを強く感じるようになってしまって、これに関しては実在が確定しているので心霊的なものとは少しテイストが違う。あまり好きじゃない。
やっぱり実在が不明瞭なものの方があるかないかの間を行き来して不安にさせてくれるから好きだ。
この前、怪談に夢中になりすぎて気づいたら40kmもこいでいた。身体中ベタベタだったし、髪の毛はボサボサだった。顔を明かりで照らせばガーシーばりのテカリ具合だったと思う。
深夜2時にボサボサテカテカの私を見かけた人がいたらきっと妖怪と見間違えたに違いない。