ビート板

私のビート板の思い出は小学校の授業で使ったきりで、たいした思い入れはない。

盾にしてチャンバラをしてみたとか、乗ってサーフィンをしてみようとしたら浮力がなくて沈んでしまったとか、あるある程度ならいくらでも出せるが、全然面白くないので、ここでは話さない。

ふと、ビート板という文字の語源が気になった。ビートは英語で板は日本語だということくらいは一目見てわかる。私は英語力に乏しいのでビートという英語はbeatしか知らない。でもそれだとリズムパッド的な意味になってしまい。私が思い描くビート板とは、かけ離れた存在になってしまう。私が思い描くビート板は、ところどころにカビが生えている薄汚い発泡スチロールだ。しいて名前をつけるのだとすれば、カビ板だ。

悔しいがこの謎を解くためにGoogle先生に頼ることにする。


beatだった。バタ足でリズムを打つからビート板らしい。なるほど。舐めるなよ。リズムを打っているのは、あくまでも水と足であってお前ではない。お前はそこにいるだけのカビ板じゃないか。とどうでもいいことに憤慨してみる。

どうでもいい繋がりで思い出したのだが、流山おおたかの森駅南口の広場には流山市民の歌の歌詞を彫った石版がある。さらにその横にはスピーカーとボタンがあり、ポチッと押すと流山市民の歌が流れ出すという仕組みになっている。まあまあな音量で流れるのとサビの「あぁ流山」が何故か面白くて中学生の時に仲間内で早朝からふざけて押しまくって、お巡りさんにめちゃくちゃ怒られた苦い経験があった。

今思い返してみればあれこそビート板という名に相応しいオブジェではないだろうか。美しいメロディに市外の中学生をも虜にしてしまう歌詞。そしてそれが刻まれた石版。思い返せば全てが洗練されていた。

この文章を書いてるうちにも、うずうずしてもう一度聴きたくなってきてしまった、あの青春のビートを。

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