おじさんが興味の味を占めて辛い思いをする話
富士登山競争に出たい。
富士登山競争は、富士吉田市街から富士山頂まで、走って登る大会。ただ、いきなり山頂までのコースに出ることは出来ず、まずは五合目まで走る大会に出て、指定の時間をクリアした実績を得る必要がある。
つまり、五合目まで早く走り終えると、翌年以降の一定期間、山頂まで走る権利を得ることが出来るという二段構え。
なんだそれ、って話。
辛い大会で頑張ると、もっとつらい大会に出ることが出来る。
苦難のために苦難に挑む、悟りを開くための修行みたい。
もちろん、面白そうだと思って挑戦するんですけど。
我ながら何でこんなことになったのかなー、と思う。
多分きっかけはフルマラソンを2回走ったこと。
沢山の人が走っているから試しに出場。初めて走って、マラソンを走るとこうなるんだ、と分かった。2回目は練習を改善して大きくタイムを縮めた。
それでマラソンにはまる、ではなく。
「分からないことが分かった、これは面白い」になる。
次に100kmのウォーキング大会に出場してみて。
新しく挑戦を目指すのが富士登山競争。
普通歩いて登る富士山を走って登るとどうなるのか。
それを知ってみたい。
つまるところ、単なる「興味」。
おじさんになるとだんだん「興味」って持ちづらくなる気がする。
子供のころはなんでも新鮮で、なんでも「興味」の対象になるけど、おじさんにとって新鮮な出来事ってあんまりないから。
そんなおじさんに降って湧いた「興味」。
なんてことない、おじさんは大人になったつもりですが、「興味」によって得られる感覚は子供と変わってない。
世の中にはサハラ砂漠を走ったり、雪の中を走ったり、山道を永遠と走ったりする、なんだこれって大会がいっぱいあります。
以前は「すごいけど、なんでこの人たちはこんなことをするんだろう」と思っていたのが、今は、「すごいな、この人たちはどんな体験をできるんだろう」と思うようになりました。
その人ごとに「興味」の味わいがあるんだろうな。
しかしながら富士登山競争。
人気があるらしく、エントリーが難しいみたい。
出られたら嬉しいな、と思いつつ日々をすごします。
期待と不安を持ちながら、わくわく過ごす。
これもまた楽しい。