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私たちは何を見ているのか?

今日は写真家の上田義彦さん+奥山由之さんのトークイベントに行ってきたので、そのレポートと感想を書きます。

写真は自分自身を写す行為

今の時代、誰でも気軽に写真を撮ることができますが、上田さんや奥山さんのようなプロの写真家に仕事が殺到します。なぜなら「写真見る」という行為は「写真家の視点を見る」ことだからです。

カメラはその写真家が背負って来た人生を写します。例えばタレントを被写体にする場合、その写真家が撮らなければ、そのタレントはその表情をしなかったはずで、さらに言うと写真家の横につくアシスタントがいるかいないかでも写真(結果)は変わるし、今日のトークイベントがあったことで、彼らが明日撮る写真はまた変わっていくのです。

結局光を撮っている

上田さんが「写真は光だなと思う」と何度もおっしゃっていました。光がなければ闇となり、そこにモノを感じることはできないからです。上田さんの次の言葉がとても印象的でした。

「撮ろうと思っていなかった人でも、ある光のもとでは瞬間的に撮らなければと思うときがある。光が僕に撮れと教えてくれてるのではないか。」

「僕らは光に反応し、思いを寄せ、記憶なども光によって喚起されているのだと思う。」

誰もが自分だけの視点を持っている

ここからは私個人の話ですが、やはりデッサンを通じて光について色々と考えてきました。デッサンを描き始める前に「いい光」を探し続けていたら数時間経っていたこともザラにあります。自分の心が揺れ動くまで、じっと待ったり、いい光を探して動き回ったりしながら、対象に向き合うのです。モチーフ自体に変化はないはずなので、結局のところ、何時間も光を見ているのです。

同じものや風景を見ていても、その美しさに気づいているのは自分だけかもしれません。そのため個人の視点そのものが価値となり、クリエイティブ系の職業が存在するのではないかと考えました。

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