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芥川龍之介 大正五年八月一日 短歌十八首


みれんものこよひもひとりおち方の、花火を見るとなみだしにけり

花火みにゆけりや君と問ふ時もかなしさつゝむわれとしらなく

夏ながら翡翠もさむき夜なれば、われと泣かるゝわれなりしかな

つげの櫛おさへさす手もほのぼのと白きがまゝに夏さりにけり

遠花火君と見る夜のかなしさに袂つけゆくなりにけるかな

風かよふ明石縮の涼しさに灯も消さばやといふは誰が子ぞ

水あかり君にふさふといふわれの君すかしみる水あかりかも

とく帯の絽はうすけれどこの情うすしとばかり思ひ給ひそ

ふさはねどわれら二人の恋のせてゆく自動車に夕立す今

夕立つやかはたれ時の金春(こんばる)を君といでゆく自動車の恋

金春の小路々々に灯はともり二上りなして夕立す今

えやわする君とゆく夜の自動車にわれらがつめる薔薇の花たば

その宵の牡丹燈籠のうすあかりなほわが胸にさすと知らずや

魂祭る新三郎のさびしさに似しさびしさも君があるため

いやさらにさびしかれ君帯止の翡翠も今はけなばけぬべく

白玉の憂抱くと君が頬いよゝかなしくなりにけるかな

ものうげにわれをながめてうちもだすその明眸にかへむものなし

うたひ女のかなしさと知れと君が眼の燭を見るこそわりなかりけれ




[大正五年八月一日 山本喜誉司宛]


※吉田精一は「牡丹燈籠」に注を付けて

三遊亭円朝が作った人情噺、怪談噺。明治十七年速記本が刊行された。

……としているが元々は

 この「灯も消さばやといふは誰が子ぞ」のこの子幽霊?

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