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佐々木英昭の『夏目漱石――人間は電車ぢやありませんから』をどう読むか④ 彼は誠実だよ

 改めて自分が読んでいるものの中身を確認するために目次を見る。するとやはり学者らしくきれいに整理されているものの広く読まれるために少し角度をつけて語っていることがわかる。
 その中で「第一章 1 夜店にさらされる赤ん坊」のところでは千枝に乳が出ないから里子に出されたのか、それともすぐに塩原に金之助を譲り、実子として戸籍上届けられていたにもかかわらず「やす」の父が出ないから里子に出されたのかというあたりはやはり疑義が残るところである。

 夏目家→塩原家→里子
 夏目家→里子→塩原家

 これに対して和三郎の友人から小宮豊隆が聞いた話として、源兵衛村の八百屋で数え年で二年弱育てられ、その後塩原家に移ったという異説の方が若干リアリティがある。千枝にせよ、「やす」にせよ、乳が出なかったのは確かなようなので、どこかから貰い乳をせねばならない。

 佐々木は「手がかりはほぼ皆無」としている。しかしまあ残辺りのことは幼児健忘で一切記憶に残らないので、ただ「幼くして親から棄てられた」という整理にとどめても良いのかと思う。

 ただし「第一章 4 殴打し合う父母」は『道草』合わせてみていかねばならないだろう。その下の小タイトルで「打つ音、踏む音、叫ぶ音」としながら「しまいには双方とも手を出し始めた」と引用しているので、ここは互いに暴力に訴えていることになる。

 この記憶は例えばこんな形で健三の妻、御住の強かさにも通じているようなところがあるように思える。

 夫と独立した自己の存在を主張しようとする細君を見ると健三はすぐ不快を感じた。ややともすると、「女のくせに」という気になった。それが一段劇しくなると忽たちまち「何を生意気な」という言葉に変化した。細君の腹には「いくら女だって」という挨拶が何時でも貯えてあった。
「いくら女だって、そう踏み付にされて堪るものか」
 健三は時として細君の顔に出るこれだけの表情を明かに読んだ。

(夏目漱石『道草』)

 妻のいない私にとっては、妻を殴ることも妻から殴られることも想像のつかない世界であろうが、ここにみられる「踏み付」という言葉も、もう少し生々しく読んでいかねばならないところではあろう。塩原昌之助は「やす」に対して白いリングシューズの長州力のような顔で「なにこらタコ」と言いながらストンピングをして、身を屈めて防御していた「やす」は一瞬のすきを見ては中西学のようなスピアー・タックルで反撃していたわけである。

 塩原昌之助と「やす」の肉体同士のぶつかり合いは子供目線にしてみれば怪獣大戦争である。このトラウマはまだ反撃されぬうちに「いくら女だって、そう踏み付にされて堪るものか」という表情として健三を圧迫していたにちがいない。小柄な金之助にしてみれば巨漢鏡子は対戦相手として十分な脅威である。

 まだ何かとかちっと結びつくわけではないが、さらっと再確認したいのは「第二章 1 金之助武勇伝」の中の「婦女子を賤しんで悪戯」「先祖の主君裏切りを恥じる」、「第二章 2 武士に二言なし」の中の「嘘つきと言われることを神経質に嫌う」あたりであろうか。

 私がこのnoteで盛んに取り上げている作家の中で漱石、太宰、三島由紀夫に共通しているのは「卑怯ではない」という性質であろうと思う。太宰、三島が卑怯ではないというのは病的にひねくれているのでそうは見えないかもしれないが、矢張り卑怯になるまいとしてあんなことになったんだろうと思う。谷崎と龍之介の話をすると広がりすぎるのでここは漱石に絞るが、やはり漱石の魅力の一つは卑怯ではないところであろうと思う。「婦女子を賤しんで悪戯」で何が卑怯ではないかと言うと、これはやはり『坊っちゃん』の「おれ」的なバランス感覚なのだと思う。

 おれだって中学に居た時分は少しはいたずらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、尻込みをするような卑怯な事はただの一度もなかった。したものはしたので、しないものはしないに極ってる。おれなんぞは、いくら、いたずらをしたって潔白なものだ。

(夏目漱石『坊っちゃん』)

 私はこれまでずいぶん卑怯を見てきた。子供は意気地のないものでずいぶん卑怯だった。しかし大人の卑怯は本当に醜いしみっともない。「そんなことは心配しなくていいから正々堂々やりなさい」なんていう人間が一番信用できない。「婦女子を賤しんで悪戯」なんていうのはけして褒められたことではないが、異性に興味を持ちながら、その気持ちをどう処理していいのかわからない子供にはありがちな事であり、そこを女性蔑視と結びつける必要もなかろうと思う。むしろ「先祖の主君裏切りを恥じる」「嘘つきと言われることを神経質に嫌う」というあたり、やはり卑怯を嫌う漱石が出ているところではなかろうか。

 漱石がいまに至るまで多くの人に尊敬されている理由はいろいろあるだろうが、その一つは彼の作品が誠実をモチーフにしているからだろうと思う。

(山田風太郎「漱石の落第」『私の漱石――『漱石全集』月報精選』所収、岩波書店編集部編 2018年)

 山田風太郎は漱石が教師時代「顎をしゃくって」話す癖があり、案外官僚風の受け答えをしていたという記録から転じてそんなことを思ってみる。中勘助も漱石のしゃべり方が気に入らなかったと書いていたような気がする。しかしやはり漱石作品は卑怯にならまいとして、誠実になれないジレンマを巡って書かれてきたと捉えてみると『三四郎』から『こころ』あたりまでは頷ける感じがある。特に先生の極端な反省は、「先祖の主君裏切りを恥じる」という所に通じるものがあるように思う。

 うらやましいなと思ったのは「第二章 4 好んで漢籍を学びたり」の中の「東京中の講釈を聞いて回る」という辺りか。このあたりの小遣いが塩原昌之助から出ていたとすればむしろその点においては養子に出されてよかった面もあるように思う。子供が多ければ親は一人一人の子供にそう金をかけられない。そういう点では谷崎潤一郎にしても三島由紀夫にしても幼いころから連れて行ってもらった観劇体験が作品に生きている。さらに言えば子供のころからそうしたことにお金を使い慣れている人間は、そういう習慣ができているということだ。いくらお坊ちゃんでも太宰治にそういう基礎はない。

 今の若者たちはインターネット環境さえあればほぼ無料でありとあらゆるエンターテイメント、百科事典、文学作品に即座に触れることができる。昔はそうではなかった。今のこの環境をフル活用して、楽しく生きてもらいたいものだ。

 どんな生き方をしても人生はあまりに短い。ちょっと用事があるので、今回はここまで。

[余談]

 抗生物質と鎮痛剤と胃薬を飲んでいるので、昨日から禁酒している。

 全然頭がさえない。

 抗生物質と鎮痛剤よりも胃薬の方が脳によくないという説がある。本当にそうなのかもしれない。

 


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