芥川龍之介 浄瑠璃 中節 「恋路の八景」
一中節(ちゅうふし)
新曲 恋路の八景
宇治川紫
シテ〽 心なき身にもあはれはしみじみと
ツレ〽たつな秋風面影の何時か夢にも三井寺や入りあひつぐる鐘の声
シテ〽まづはあれをばごらんぜよ神代以来の恋の路
ツレ〽瀬田の夕照(せきせう)いまここにぽつと上気のしをらしさかざす屏風の袖さへも女ごころの
三下り〽花薄根ざしはかたき石山や
合ノ手〽鳰(にほ)のうきねの身ながらも
ナヲス〽あだに粟津のせいらんとほんにせはしいころびねの
合ノ手シレツテ〽 あらしははれてひとしぐれぬれて逢ふ夜はねて唐崎の
コトウタ〽松もとにふく風ならで琴柱におつる雁がねは
ツレ〽君が堅田の文だよりああなんとせう帰帆もしらできぬぎぬのはやき矢ばせの起きわかれねみだれ髪のふじ額比良の暮雪をさながらにかはせどつきぬ初枕うるはしかりける次第なり
[大正六年五月一日 秦豊吉宛]