芥川龍之介 大正五年十月三十一日 俳句 香煎
序ながら僕は君の所へ去年の夏矢代と二人でちょっとお庭を見にゆきました
そうして四阿のような所で田舎の女のような人の沸かしてくれる湯をのみました
が、どこをどうしてあすこまで辿りついたかまるで覚えていません
ひとはかりうく香煎や白湯の秋
即興のつもりで書きましたが月並みなので弱りました
廿九日 芥川龍之介
原喜一郎樣
[大正五年十月三十一日 原喜一郎宛]
こうして「鑑賞」されている句ではある。
しかし香煎が入ればもう白湯ではないのではないかと誰も問わないのだろうか。
一椀の白湯に秋立つあした哉
香煎と唐めく名のある麦粉哉
はつ雪に白湯すすりても我家哉
案外白湯や香煎の句は見つからない。芭蕉も蕪村も子規も詠まなかったのではなかろうか。よく探せばみつかるのだろうか。
埋み火や白湯もちんちん夜の雨 一茶
咳く人に白湯まゐらする夜寒かな 几董
きりぎりす白湯の冷え立つ枕上 室生犀星
嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる 放哉
ここで月並みと謙遜しながら香煎とは我ながらよく思いついたものだと自身ほこっていないだろうか。はったいや麦粉では変な季節が付くところを香煎で綺麗にまとまっている。