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ニコニコ写真帖でほほ笑む森鴎外 

 永井荷風の『断腸亭日記』の大正十三年、十一月廿四日にこうある。

午前新潮社の番頭来りて拙槀の出版を請ふ。固く之を辭す。新潮社は予が三田文學を編輯せし時雑誌新潮にて毎號惡聲を放ちしのみならず、森先生に對しても人身攻撃をなしたり。又先生易簀の際にも更に甚しく罵詈讒謗をなしたり。余いかで斯くの如き惡書肆よりわが著作を出版する事を得べきや。

拙槀 拙稿 いや、この語も使わないな。

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易簀 易簀とは、学徳の高い人や高貴な人が死ぬこと。また、一般に人が死ぬこと。死に際。

書肆 書店


In the morning, a Shinchosha watchman came to me and asked me to publish my book. I firmly decline. Shinchosha not only published a number of articles against me in Shincho magazine when I edited Mita Bungaku, but also attacked Dr. Mori personally. He was even more abusive and slanderous when he was in the hospital. How could I publish my works from such a bookstore?

午前中、新潮社の番頭さんがやってきて、「本を出してくれ」と言う。私は断固として断る。新潮社は、私が『三田文学』を編集していた頃、『新潮』誌上で何度も私に対する記事を掲載しただけでなく、森博士を個人的に攻撃していた。入院中はさらに罵詈雑言、誹謗中傷の嵐だった。そんな書店から、どうして私の著作物を出版できるのだろう。

 うまく訳すなDeepL。そこまで永井荷風が森鴎外びいきというのはやや意外な感がある。しかし許してあげたらどうだ、断腸亭。

 森先生も、『ニコニコ写真帖』ではうっすら微笑んでいる。

 この写真集は貴重だな。





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