芥川龍之介 「ある女を昔から知っていた」
ある女を昔から知っていた。その女がある男と婚約をした。僕はその時になってはじめて僕がその女を愛していることを知った。しかし僕はその婚約した相手がどんな人だかまるで知らなかった。それからその女の僕に対する感情もある程度の推測以上に何事も知らなかった。その内にそれらの事が少しづつ知れて来た。最後にその婚約も極大体の話が進んだにすぎない事を知った。
僕は求婚しようと思った。そしてその意志を女に問う為にある所で会う約束をした。所が女から僕へよこした手紙が郵便局の手ぬかりで外へ配達された為に、時が流れて、それは出来なかった。しかし手紙だけからでも僕の決心を促すだけの力は与えられた。
家のものにその話をもち出した。そして烈しい反対をうけた。伯母が夜通し泣いた。僕も夜通し泣いた。
あくる朝むづかしい顔をしながら僕が思い切ると云った。
それから不愉快な気まづい日が何日かつづいた。其の中に僕は一度女の所へ手紙を書いた。返事は来なかった。一週間ほどたってある家のある会合の席でその女にあった。僕とニ、三度世間並みな談話を交換した。何かの拍子で女の眼と僕の眼とがあった時、僕は女の口角の筋肉が急に不随意筋になったような表情を見た。女は誰よりも先にかえった。
あとで其処の主人や細君やその阿母さんと話している中に女の話が出た。細君が女の母の事を「あなたの伯母さま」と云った。女は僕と従兄弟同士だと云っていたのである。
[大正四年二月二十八日 恒藤恭宛書簡]
【釈明】
作家の私生活などどうでもいい。私はここに芥川の失恋譚を披露したいのではない。よく見て欲しい。これは一つの現代小説のフォルムを持った文章ではないか。
この地点よりも、
この地点よりも、ずんずんまえに進んでいる。何ならこれはそのまま小説になる。そう言いたいのである。
私は基本「植物の名前を三つ入れて自然な描写ができること」がプロの書き手の最低基準であると思っている。芥川には最初からそれが出来た。
そしてこの手紙の構成力を見よ。
すれ違い、アポリアである。事実のあるなしはさておいて、恋愛小説に欠かせない演出である。
女の嘘の仄めかしである。仄めかすから落ちが成立する。そもそも、
この書き出しは完全に小説である。手紙なのにこの前には何の前置きもない。たしかにこうはじめられているのだ。これはよくできた話だ。そしてどこか師・漱石の失恋話とも似ている。
そう言うことが云いたかったのだ。
納得した人は本買ってね。
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