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芥川龍之介の『芭蕉雑記』に思うこと⑮ 偽書だとは知らなかった
皮骨連立
もう一度『芭蕉雑記』を読み返していたら、
「十一日。朝またまた時雨す。思ひがけなく東武の其角来る。(中略)すぐに病床にまゐりて、皮骨連立したまひたる体を見まゐらせて、且愁ひ、且悦ぶ。師も見やりたまひたるまでにて、ただただ涙ぐみたまふ。(中略)
この「皮骨連立」に吉田精一が註をつけていないことに気が付いた。仏教関係の本以外ではほとんど見ない言葉だ。
【皮骨連立】骨と皮ばかりになつてゐること。肉がなくなつて、皮に掩はれた骨があらはれてゐる瘦せきつたさまをいふのである。
平林治徳 著立川書店 1928年
この解説も芥川の引用部分に対する解説である。芥川はこの典拠を明らかにしていないので、つい芭蕉の日記のように思い込んでしまいかねないが、その典拠である『花屋日記』は肥後八代の僧文曉が、文化七年に上梓したもので、芭蕉歿後百十餘年を經て世に公にされたものだとされている。
吉田精一はこの典拠は「芭蕉翁反古文」および「花屋日記」であり、いずれも後年の創作であるとしている。
『花屋日記』後語
岩波書店から文庫本として『花屋日記』の校訂を賴まれた時、私は卽座に承諾する氣になれなかつた。然し岩波書店の主意が、是を初めから僞書と斷つて出版するにあるのだと聽いて、私は急に乘り氣になり、それを引き受けてしまつた。正岡子規が是を讀んで感動の淚をこぼして以來、俳壇乃至文壇では、『花屋日記』は、ともかく有名な存在である。芥川龍之介は、この『花屋日記』を土臺として、彼の『枯野抄』を組み立てた。『花屋日記』が、その場所に置かれて、文庫本となる事は、張三李四の作品が文庫本となるよりも、遙に有意義な事であるに違ひない。『花屋日記』がその場所に置かれるとは、言ふまでもなく、それが僞書として-肥後の僧文曉の創作として、取り扱はれるといふ事である。
小宮豊隆 著小山書店 1943年
なるほど坊主が書いたかと納得する所である。偽書をネタに芭蕉を論じ、『枯野抄』を書いたとは何か騙されたような感じがなくもないが、その点では『糸女覚え書』も似たようなものだ。
菜飯たたかす?
鬮とりて菜飯たたかす夜伽かな 木節
皆子なり蓑虫寒く鳴きつくす 乙州
うづくまる薬のもとの寒さかな 丈艸
吹井より鶴をまねかん初時雨 其角
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いったんそう気が付くと、句の方は本物なのかと疑いたくもなる。「菜飯たたかす」というのが解らなかったが、これはくじで当番を決めて菜飯を炊かせて夜伽をしたよと解すれば腑に落ちる。「菜飯たたかす」だとやはり解らない。
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まあ「菜飯たかする」でもいいだろう。
![](https://assets.st-note.com/img/1704603795133-YkwVBYzCgP.png)
やはり『花屋日記』が「たゝかす」なのだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1704603922321-UasEen7el8.png)
やはり「たかする」じゃないかなあ。
![](https://assets.st-note.com/img/1704604033013-A4sbMyGqGr.png)
正岡子規は「たゝかす」で写している。いったいどういう意味に解していたのであろうか。これは漱石の評に関わらず拙なところではなかろうか。
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これも「たゝかす」だ。
たた・く【叩く・敲く】
〔他五〕
①つづけて打つ。くり返して打つ。竹取物語「門を―・きて、くらもちの皇子みこおはしたりと告ぐ」。平家物語11「奥おきには平家ふなばたを―・いて感じたり」。「肩を―・く」
②打ち合わせて音を出す。源氏物語夕顔「あなわかわかしとうち笑ひ給ひて手を―・き給へば」。「太鼓を―・く」
③物をたたくような動作をする。物に強く当たる。神代紀上「時に鶺鴒とつきとり有りて飛び来りて其の首尾かしらおを揺たたく」。千載和歌集春「雪の下水岩―・くなり」
④ぶつ。なぐる。狂言、河原新市「先づこれを一つ飲うで打つなりとも―・くなりともしやれ」。天草本伊曾保物語「犬は打つても―・いても口答もせず」。「尻を―・く」
⑤打診する。質問する。「専門家の意見を―・く」
⑥クイナが戸を叩くような音で鳴く。源氏物語澪標「おしなべて―・く水鶏に驚かば」
⑦(あごを打ち合わせるの意から、軽蔑的に)しゃべる。浄瑠璃、ひらかな盛衰記「何のつらの皮でがやがや頤おとがい―・く」。「へらず口を―・く」
⑧(扇子で演台を叩くところから)講談などを演ずる。「一席―・いて来た」
⑨値切る。「これ以上―・かれては、もうけにならない」
⑩いためつける。攻撃する。非難する。「彼の意見は新聞で―・かれた」
⑪(酒問屋仲間の隠語。手を叩くところから)売買を決する。洒落本、仕懸文庫「門前に―・かうとおもひやす…―・かうとは手を―・かうといふ事、これみな酒店の通言也」
⑫(隠語)強盗をはたらく。
⇒叩けば埃が出る
⇒叩けよさらば開かれん
意味が通じないな。
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普通に考えるとこういうことなんだと思う。1914年は大正三年。芥川が寒川鼠骨の本を読んでいたら、と思わないでもない。しかし子規も、芥川も、吉田精一もここを「ふーん」と読み飛ばしている。まあ、悪いのは文曉という悪戯坊主だとして、スルーはよくないな。
我々は本を読むために生きているのだ。 ウンベルト・エーコ #本の名言 #本を読む人 pic.twitter.com/MQcXVUpmk8
— 愛書家日誌 (@aishokyo) January 5, 2024