冬の王女 Part1
一面真っ白な世界の中に、ほのかなオレンジ色の光が見えてきた。その光はだんだんと大きくなってきて、それがやがて、街の光だと分かるようになってきた。
「やっと着いた…」
冬の国の王女はぼんやりした頭で思った。
「今年の仕事は大変でしたね。妖精季節会本部から、雪を例年より多く降らすよう言われて―」
シマリス大臣が高い声で喋っているのを聴きながら、王女はまた眠りに引き込まれた。
冬の国の妖精たちは、人間界に冬を運びに旅に出る。今やっとその期間が終わり、空飛ぶ馬車で妖精の世界へ帰る途中であった。
「銀色」と呼ばれる、この王女が指揮を執り、冬を運んだのはこれで2回目。
初陣であった去年よりも段取りはよく進んだ。とはいっても、まだ王女にとって負担はとても大きく感じられ、やっとの帰路であった。
「到着です」
シマリス大臣の声がしたと同時に、馬車の扉が開き、王女は冷たい空気に強引に目覚めさせられた。
城の前に王女は立ち、「あと少し」と自分に言い聞かせて、あとに続く冬部隊を乗せた馬車の到着を待った。そして、今回一緒に冬を運んだ者たちに、礼とねぎらいの言葉、ゆっくり休むようにと声をかけてから、やっと城の中へ入った。
懐かしい城の中に入ると、すぐに世話役であるシロウサギたちが現れて、王女はいつの間にか大浴場の暖かいお湯に入れられていた。
これは人間がよく勘違いしていることだが、冬の国の妖精たちだって、寒いものは寒いのだ。他の季節…春や夏の国の妖精たちよりは、もちろん寒さには強いが、城や各々の家来たちの家の中は、暖かくしてある方が居心地がよい。
雪の日に暖炉の前でぬくぬくとすごすことだって、素敵な冬の一部だ。
王女はあたたかいお湯の中で、今年も冬運びを終えられたことにほっとしていた。また1年間成長して、来年も無事に冬を人間界へ届けようと決意したが、やはり今日はもう疲れ切っていた。
部屋に戻ると、すぐに眠るつもりで、シロウサギに自慢の銀色の長い髪をとかしてもらっていた。
「王女の髪をとくことが、私の楽しみなんです。お戻りになってうれしゅうございます」
シロウサギはうっとりと王女の髪を触った。彼女のその銀色の美しい髪が、「銀色」の王女と呼ばれる所以であった。
すると、ココンッと小さく、しかしはっきりとしたノックの音がして、シマリス大臣が入ってきた。
「王女。お疲れとは思いますが、お城で働きたいという者がやってきておりまして」
「明日にしてくれればいいのに」と思いながらも、冬運びも終わったこの時期、お城に自ら来る人は珍しいので興味が湧いた。
そんな王女の様子を見たシマリスが合図をして、中に入ってきたのは、うすい黄緑色のふんわりしたワンピースを着た妖精の少女だった。
冬の国の妖精たちが、みんな銀色や白のさらさらとした服を着ている中で、そのような色を見るのは久しぶりで、王女ははっと驚いた。
少女は物怖じせずに、スカートをちょっと持ち上げておじぎをし、
「私春の国の妖精です」
とにこりと笑ってことも無げに言った。
「春の妖精がなぜここに?春の国のものが、冬の国で働きたいとはどういうこと?」
王女が面食らって聞くと、春の少女はにこっとまた笑った。
「私、雪が好きなんです。この雪を私も降らせてみたい。どうぞ冬運び部隊に入れてくださいな」
雪が好きだと言っても…そもそも春の妖精に、雪を降らせる技は覚えられるのだろうか。
いや、その前に、普通、雪が好きだという理由だけで、他の国で働こうと思うものだろうか。
王女には分からないことだらけで、混乱してきた。
「まぁ、いいわ」
王女の答えにシマリス大臣が目を丸くしている。後ろに控えるシロウサギもきっと同じような顔をしているだろう。
「あなたをこの城で雇うことにします。詳しい話はまた明日」
とにかく今日はもう疲れた、難しいことは考えず早く眠りたい。どうせ、その内、自分から辞めたいと言い出すでしょう…。
そんな投げやりな気持ちで許可をだし、シマリス大臣と少女を部屋から追い出した。
王女の機嫌にも気づかず、春の妖精はとても喜び部屋をでていった。