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《馬鹿話 708》 観音

温泉街の一角にある小さな劇場は、男達の渦巻く欲望と女の見栄を張った安っぽい化粧品の匂いで熱気に溢れていた。

「姉さん。こんな日でもスケベなヤツはスケベですね」と次郎が姉さんと皆から呼ばれている麗子に言った。

「何言ってんの、昔はこんなもんじゃなかったわ」と麗子は煙草に火を点けた。

「そうですよね。今どきストリップなんて誰も観やしませんよね」と次郎が紅白歌合戦を見ながら言った。

麗子は横になってテレビを見ている次郎に「あんたね。いつも言ってるでしょう。これを枕にするなって」と言って、次郎が枕にしていた座布団を頭から引き抜いた。

「お尻に敷くものを頭に敷くと一生出世なんかできないわよ」と麗子は次郎に言った。

麗子がこの小屋で踊るのは十年目だったが、温泉街の場末の劇場は毎年ここで正月を過ごす常連の年寄りばかりになっていた。

「大晦日だと言うのに、こんなとこで女の裸を観てるってどうでしょうね」とまた次郎が癇に障ることを言い出した。

「何言ってんのよ、大晦日だから観音様を見に来てるんじゃない」と麗子は言った。

「考えてみれば二十年前までは、もっと大勢のお客で、踊っていても楽しかったけど、今じゃあ、皆家族みたいなもので、お風呂に入っているのと変わりないわね」と麗子は思った。

「お姉さん、お先」と言って、この小屋のもう一人の踊り子の紗耶香がステージを降りて来た。

麗子は「さあ、もうひと踏ん張り」と自分に掛け声を掛けて、煙草をもみ消すと、ステージに向かった。

「よっ、待ってました」と、いつも大晦日になると見かける禿げ頭のお客が叫んだ。

「あら、今年も元気だった。お禿げちゃん」と麗子は軽口を叩いて、お客の方へ身体をくねらせた。

禿げ頭の客は、顔の前で両手を合わせると「極楽、極楽」と祈った。

場内の艶めかしい音楽に合わせて「ゴーン」と遠くで、除夜の鐘の鳴り響く音が聞こえた。

「もうそろそろ年が明けるわね、じゃあ私の岩戸も開けようか」と言って麗子は股を広げた。

「私が神様か」と麗子は呟いた。

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