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取り調べ資料24【梲】

愛は貧しい知識から豊かな知識への架け橋である。
とマックス・シェーラーが言っていた様に。
遥ねぇが亡くなってから僕は現実を知ったし、みゅうと仲良くなってから僕は無知を知った。

愛と恋は何か、だなんてちゃんと中学生らしいことも考えながら、この気持ちは恋では無いのだと気づき始めていた。

愛永から篠崎さんのことが好き?と聞かれた時にすぐに答えられなかったのはきっとこの好きは、親愛であって恋愛では無いからだと思っていた、
だのに。


「君を知るほど、一緒にいたいと思うこの気持ちは、なんなんだろうね。」



窓辺は夕暮れ、電信柱が高速で横切る中、手紙を書いていた。

みゅうが途中で起きたからかくのやめちゃった

「結構長い間寝てたね。」
「ん…あぁ〜!」
「ふふ、少しは警戒した方がいいよ、指名手配さん。」
「私が悪いことしたみたいに言わないでよ〜」
「ごめんごめん、ちょっと無神経だったかもね。」
「無神経って…なんだ!!」
「あ〜、気が利かないことを言ってしまってごめんね?ってことよ。」
「なるほど、しろくんはやっぱり物知りだねぇ〜」
「しの?約束覚えてない?」
「あ!!お兄ちゃんだ!お兄ちゃん!!」
「そんな連呼しないで…なんだか恥ずかしいから…」

みゅうのことをしの、と呼ぶのは単にあだ名であるとかではなく、僕らは逃亡しているのだから、あまり大きな声で名前を呼び合うのはどうかと言うので、しの、と呼ぶことにした、僕は別に実名報道がされているわけじゃないんだから名前で呼ばれて困ることはないのだが、万が一となことで、みゅうがどうしてもと言うから僕をお兄ちゃんと呼ぶことになった。まぁ、そのおかげで駅員さんとの嘘話を思いつけたので、あまり責められたものではないのだけれど。

「おにいちゃんは、何を書いていたの?」
「ん〜?、遥ねぇのこと、話したよね。」
「うん。」
「あの〜…」
「ん?」
「君に向き合いたいんだ、ずっと、子供のままだったって、わかったから。」
「…」
「毎日同じ様な夢を見てた、人殺しなんだと責め立てる声、葬式にいたみんなから、後ろ指を刺されて、息の仕方がわからなくて溺れてしまう様な感覚で目が覚めていた。」
「…」
「でもしのに話したとき、君が息の仕方を教えてくれた、生き方を教えてくれた。…だから君のことを助けたいと思ったんだ。」
「うん。」
「でも、まだ、俺の後ろには弱虫の自分がいて、進むのを止めて、あゆみを否定しようとする、そういう自分が尾を引きずっている。」
「その自分も否定しないでいいんだって教えてくれたから。『苦しみこそが、活動の原動力である、活動の中にのみ、我々は我々の生命を感じるーカントー』....今の苦しみを2人で取り払おう。」
「しろくんの…」
「ん?」
「しろくんはなんで、嘘ついてるの?」
「…、え?」
「何か目的があるよね?なんで私に黙ってるの?」
「…それは…」

無知でいてほしい、純粋でいてほしい、救いであってほしい、僕のものである時間が長く続けばいい、賢くなければどうにでもできる。依存先として側にいてほしいから、君が強くなると僕から離れていってしまう気がするから。
…というのが、後で考えた時の僕と心象であるだろう。取り分け遥ねぇという悲劇だけが自身の肯定理由であった僕はまた新しい悲劇が欲しかったのだ、もう執着するには記憶も薄れ始めたから、どうせ何もできないけれど、自分を可哀想に見せたかったのかも。


「しろくん?」
「…お兄ちゃんって…呼ぶんでしょ。」
「あぁ!そうだった!」
「…話してわかるかわからないから、話してなかったけど、聞きたいことがあるなら、別に話すよ。」
「お兄ちゃんは…なんで…」
ーー「まもなく宮崎駅・宮崎駅でございます、お降りの方は…」

「…降りてから話そうか、こっから盛岡駅に向かいたいから戻らないと。」
「…あ、ありがとうね。」
「ふふ、降りるよ。」



宮崎駅、確か雨は止んでいた。

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