日本の大学生「学力の失われた30年」の原因
(はじめに)
最近(平成13年(2001年))、日本の大学生の学力低下が著しいと、どこの大学の先生も異口同音におっしゃいます。基礎学力が不足したまま大学に入ってくるからで、大学の教育についていけないのです。高校までの基礎学力が身に付いていないからだと、盛んに大学の先生が言っても、文部省(文部科学省)の官僚は、そんなことはないなどと反論していますが、現場を知らないからだしょう。この10年、一流大学と言われる所からそれなりの所までいずれのレベルの大学の先生に聞いても、今の大学生は自分で全くものを考えないという傾向が著しく、これでは日本の将来が危ないのではないかと心配しておられる大学の先生方が大半です。大学教育に携わっている教員の一般認識として、バブルが崩壊した平成4~5年(1992~3年)頃から多くの大学の先生が実感として学力低下を感じています。「学力の失われた30年」です。どうして、こんなことになったのか、本拙文で考えてみます。皆さんのご参考になれば幸いです。
1. 「学力の失われた30年」の原因1:高校履修科目で社会と理科が選択制になった
これは、昭和62年(1987年)ごろだったと思いますが、高校に履修科目で社会と理科が選択制となり、世界史を知らない文科系の学生や、物理を知らない理科系の学生が入学してくるようになってからです。それらの学生がだいたい平成4~5年(1992~3年)頃から大学4年生となり、卒論や卒業研究を指導した教員の実感と符合します。
それまでは、大学進学を目指す普通高校では、社会5教科(地理、日本史、世界史、倫理、政治経済)、理科4教科(生物、化学、物理、地学)が必修でした。しかし、1980年代の終わりに高校では社会2科目、理科2科目の選択制になり、「生物と化学」、「化学と物理」という組み合わせ以外とれない高校が多くなりました。つまり、工学部でバイオ工学を目指していて、「生物と化学」を取ると、物理が取れなくなってしまったのです。工学部では物理はたとえバイオ工学でも、必要ですが、高校では、選択科目以外は勉強してこなくなったのです。高校の化学の先生の数も選択する生徒の数に合わせて半分になったり、また、地学などの選択する生徒がいない科目の先生は職を失ってしまったりして、今は元に戻すにも担当教師がいないと言うのが現状です。すぐには元には戻れない教員配置になっています。
2. 「学力の失われた30年」の原因2:同時期に大学の一般教養課程がなくなった:大橋巨泉の「こんなものいらない」という番組
また、高校でこのような基礎科目を勉強してこなかったこれらの学生に、さらに不幸なことに、この時期に全ての大学で一般教育課程が廃止され、基礎科目を責任を持って教育し直す手だてがなくなってしまっていたのです。
それまでの大学の一般教育はとかく批判があって、大橋巨泉の「こんなものいらない」という当時の人気番組で一般教育課程がやり玉に挙がってから、それからしばらくして、なんと文部省(文科省)が動いて一般教養課程が全ての大学でなくなりました。大橋巨泉の主張は、自分は早稲田大学の新聞学科に入ったのに、一般教育課程で化学を習わなければならなかった。自分には全く無駄な勉強なのに、この単位を取らないと専門教育課程にすすめなかった。文科系の学生に「こんなものいらない」というものでした。私はこの番組を実際に見て今も覚えています。
(おわりに)
以上のように、高校履修科目で社会と理科が選択制になった同時期に、一般教養課程も全国の大学から、文部省の指導により廃止されてしまったのです。大学生の「学力の失われた30年」の原因は、「高校での選択制」と「大学での一般教養課程廃止」を同時に行った、文部省の行政の失敗ではないかと私は思います。大橋巨泉は大変罪作りなことをしてしまいました。「高校での選択制」導入から、大学入試は、科目削減が次々と行われ、文系では理科は要らない、理系では社会が要らないなどとなり、基礎学力がなくても大学に入学してこれるようになりました。そして、この30年で大学は400から800校に倍増しました。
また、同じ理系でも、工学部にくるのに物理を履修していなかったので、1年生の時に、大学としては、高校の物理を、教えるという、リメディアル教育などを実施していますが、単位にならないので、出席率が悪く、高学年になってから、これらの学生は、専門科目について行けなくて脱落していきます。欧米のように、大学に入るのは易しくして、卒業は難しくしたらいいなどと、いう方が大勢おられますが、脱落してしまう学生を何とか救おうと教員がしても、どうしてもついて行けず退学してしまう学生が出て来ると、教員は本当につらい思いをします。
このように、経済の分野で、日本は「失われた30年」と言っていますが、大学生の学力でも「失われた30年」が存在しているのです。多くの日本国民に、もう一度日本が輝けるように、学力の分野でも、日本を取り戻さないといけないと思います。
平成13年(2001年)6月23日随筆
令和5年(2023年)10月19日随筆
*なお、冒頭の大学のイラストは、下記のURLからフリー画像を使用させて頂きました。
https://www.ac-illust.com/main/search_result.php?word=%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%A4%A7%E5%AD%A6
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