祭りのポスター
少し前の話。最寄駅のホームにお祭りのポスターが貼られているのを見つけた。そういや地元以外にこういう地域の祭りって行ったことがないなぁと思い、ぼんやりとそのポスターを眺めていた。
東京とはいえ地域の祭りなので、そこまで派手なものでも無さそうだった。おそらく公園か会館で湿気ったポップコーンやギザギザの割り箸が刺さった綿菓子を販売するぐらいのものだろう。
まぁでもせっかく住んでる町だし一度くらいは行ってみようかと詳細を探すも、肝心の開催日と開催場所の情報が見当たらない。目を凝らしてポスターの隅々まで見ても、「〇〇祭り」や「協賛:〇〇」という情報は書いているが、いつどこで行われるのかがどこにも書いていない。
なかなか欠陥の多いポスターを作ったなと口角が上がってくる。おそらく祭りの実行委員でグダグダがあった末に出来上がったポスターなのだろう。これになんの疑問も抱かずにGOサインを出した幹部もなかなかのものだ。これでは町民も祭りがいつどこで行われるのかわからず困惑してしまうだろう。
辺りを見回すとそこらじゅうに同じポスターが貼ってあった。駅を出てすぐの大きな通りにもスーパーにもたっぷりと貼られている。自分がポスターの製作者でこの光景を見てしまったら、すぐに町から逃亡してしまうだろう。
結局詳細がわからないままなので仕方なくスマホで祭りの名前を検索した。すると意外なことにしっかりと祭りのホームページが存在していた。タップしてそのページを開くと、画面に広がったのは駅で見たポスターと同じ画像。ただそれだけだった。他にタブがあるわけでもなく本当にただそれだけ。わざわざ作る必要あったのかと思うほど手を抜いたホームページだった。無論そのページに祭りの詳細は書かれていない。
段々とこのお祭りの存在に謎のオーラを浴び始めてきた。結局いつどこで祭りは行われるのか。
それから日が経つごとに町にもポスターの数が増えてきた。なぜ何も書かれていないのに貼る枚数だけは増やすんだ。
駅前の通りに提灯なんかも飾られ出した。開催日は不明のままだが、刻一刻と祭りの日が近づいてきているのがわかる。一体いつどこでやるんだ。地域の人々はこれの詳細を知っているのだろうか。もしかして自分だけが祭りの詳細を知らないだけなのだろうか。疑問は増えるばかりだ。
痺れを切らした俺は地元民に探りを入れようと近所にある個人経営の喫茶店に向かった。テーブルが2つにカウンター席がある小さな店だ。
店に入ると店主らしきおばさんが常連らしきキャップを被った爺さんと仲良く話している。こういった閉鎖的なカフェは苦手だ。どことなく一見さんお断りの空気を感じる。
普段なら絶対に来るはずもないが祭りの詳細を知るためにはやむを得ない。俺はカウンター席に座り、店内を見回した。予想通り祭りのポスターが壁に貼ってあった。やはり地元のお祭り、こういった個人経営の店にポスターはあるはずだ。
俺は店主に合図して、コーヒーを頼むついでに
「この祭りっていつやるんですかね?」とさりげなくポスターを指差して訪ねた。
「あー、毎年やってるけど、今年はいつやるんだろう」
意外なことに店主もよくわかっていないらしい。
「毎年やってるらしいけど俺もいったことないな」と常連の爺さんも言う。
「ポスターは自治体から配られたんですか?」
「いやぁ、私は貼ってないから、わからないなぁ。ねぇお父さん」
店主がカウンター奥にいる主人らしき人物に声をかける。「ん?」と立ち上がりモグラのように顔を出す主人。そんなところに人がいたのか。
「このポスターってお父さんが貼ったんだよね?」
「いや、俺は貼ってないよ。〇〇が貼ったんじゃないのか?」
「私は貼ってないよ」
なんだかますますわからないことになってきた。話を聞いたところ、ポスターはいつの間にか店に貼ってあったらしい。奥さんも主人も自分で貼った記憶がないと言う。こんなことあるのか?
何の詳細もわからないまま、俺は店を後にした。
ただの地域の祭りなのになんなんだこの実態の掴めなさは。祭りは本当に存在しているのか? 実は誰かの悪戯でそこらじゅうに存在しない祭りのポスターを貼っているだけなのか? しかし、それにしては通りの提灯といい手が混みすぎている。祭りの謎はますます深まってくる。
それから数日経ったある晩。部屋でぼんやりとスマホを眺めていると外で大きな音が鳴っていることに気がついた。
ボーン、ボーンと低く重たい音が響いている。それは太鼓のようだけれどもまた少し違う。鐘でもないし何の音だろう。
もしやついに祭りが始まったのか!?と思い、外に出る。
低い音は外に出るとより鮮明に聞こえた。一定のリズムで家から割と近くでその音は鳴っている。ただそれがどの方角から聞こえているのかがわからない。
とにかく近所を歩きまわり、その音の発信源を探した。だがいくら探しても発信源が見つからない。不思議なことに音が近くなることもなければ遠ざかることもない。祭りの開催に適してそうな公園や体育館にも行ってみたが何かをやっている様子はない。なんなんだこの音は。
そのうちボーンという音は鳴り止み、元の閑静な住宅街に戻った。試しにツイッターで色々検索してみたが、特になんのツイートも見当たらない。あんなに大きな音だったのに俺にしか聞こえていなかったのか?
結局何もわからないままその日は帰宅した。
翌日ポスターが貼られていたところを数ヶ所見て回った。もし昨晩祭りが行われていたのだとすれば、ポスターは剥がされているはず。しかし、どこを見に行っても祭りのポスターは貼られたままの状態だった。昨日の音は祭りと無関係だったようだ。じゃあなんだったんだ。
俺は何か手がかり欲しさにもう一度例の喫茶店に向かった。行ったところでどうにもならないが、なんとなく祭りとは関係なく行きつけの店感ある場所を欲していたのかもしれない。一回行っただけなのに。
店に入ると「いらっしゃいませ」と例のおばさん。客は誰一人いない。祭りのポスターも貼られたままだ。とりあえずカウンター席に着きコーヒーを頼む。店内はBGMも無くなんだか気まずい。そういやこの前は常連がいたから店が無音じゃなかったのか。
しばらくするとコーヒーが出された。猫舌なのでゆっくりとそれを啜る。おばさんは無言で俺を見ている。気まずくて目を合わせられない。どこに目をやっていいのかわからず、俺は視線の避難所としてポスターを見つめる。
店内には沈黙が広がっている。こんな気まずい空間が合っていいわけがない。前に少し話したのだから何か声をかけてくれればいいのに。個人経営の喫茶店ってそういうものじゃないのか。
おばさんは変わらず無言で俺の方を向いている。せめて奥に身を潜めているであろうご主人と喋っていてほしい。
こちらが目を合わさないから、警戒して俺を見ているのだろうか。それとも体だけこちらを向いていて視線は別の方を向いているのか。
試しにゆっくりとおばさんの方に視線を動かす。目が合った。おばさんは予想通りずっとこっちを見ていた。どうして?
俺はこの気まずさに耐えきれず。喉を焼く勢いでコーヒーを飲み干した。席を立ち、カフェとは思えないほどの短い滞在時間で会計を済ませる。本当にただコーヒーをがぶ飲みしただけの客になってしまった。
会計時おばさんは何か話しかけてくることもなく事務的に精算を済ませた。無感情すぎて恐怖すら覚える。
店を出る頃にはもう祭りのことなどどうでもよかった。あんなの調べたところで得られるものは何もない。これからはチェーン店だけに行こう。そう思い早歩きで帰るのだった。