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わたしが台湾留学を選んだ理由Vol.5
台湾留学3年目に突入した私が綴る留学note。
最後まで読んでいただけると嬉しいです⋆⸜🌷⸝⋆
・台湾留学を決意するまでの話し
台湾に来た経緯
〜本当は専門学校へ行きたかった〜
高校2年生の進路を考え始める頃、私は専門学校へ行きたいと思いました。
ふとした気持ちで専門学校の体験授業に参加して、これだ。と思いました。
そこから私の気持ちは専門学校一択になりました。
しかし、大学へ行ってほしいというのが親の気持ちで。さらに日本の大学なら半分は奨学金を借りるという条件で。
しかし私からしたら日本の大学生としてやりたい事もないのに、奨学金を借りてまで大学に行くのはかなりナンセンスでした。
それで親と意見が合わなくてずっとイライラもやもやしてる時に、台湾留学のポスターを見かけました。
親もその事を知ると、台湾の大学なら学費も安いので親が負担してくれるという事で。
自分の中で完璧な選択ではなかったです。
もちろんギリギリまで私は専門学校へ行くという意思表示をしていました。
しかし親も私も一才意見を曲げず、そろそろ進路を決めないとまずいとなった時、
私が渋々、台湾の道を選びました。
自分で奨学金を借りる必要もなく、親の望みも叶うなら、と自分を納得させました。
当時の気持ち
〜自分を説得させるのが1番大変〜
自分を納得させるのも大変でした。
私は自分の決めた事は絶対譲れない頑固な人間でしたので。
口では台湾いくと言いつつ、気持ちは全然乗っていませんでした。そしてこの気持ちのまま台湾へ飛び立ちました。
しかし、親の意見も理解はできます。
大学へ行った方がなんだか安心しますよね。
ただ高校生の私は専門学校へ行くんだと言う気持ちが強く、大学に通う意味が感じられませんでした。
そうゆう経緯がありました。
ただ現実的な選択でかなりおいしい条件だったので、留学に来ました。
台湾に来て
〜考え方を変えなきゃいけなかった〜
なので気持ち的には
「大学卒業できればいいや。4年間耐え抜こう」
でした。
けど最初の2ヶ月で、4年間の道のりの長さに絶望しました。
中国語興味ないし、大学生でやりたい事ないしの惰性的な考えでの生き方では毎日が長くて。
部屋にはいつも人がいて落ち着かず、すぐに相談できた友達もいなくて。
メンタルはしんどかったです。
でも台湾から逃げられないと理解した瞬間に
ああ、もう文句を言ってるだけじゃダメだ。
自分でどうにかしなきゃ。
そう思い直すようになりました。
そこで前々から好きだった読書をすることにしました。何を読んでいいかわからないけど、何もしないよりましだ。そう思って本を読み、自分と向き合い、いいなって思った考えを真似て動きました。
中国語も興味ないを言い訳にしないで、出来るようになろう。と考えを変えたり。筋トレを始めて、ランニングも再開、プールに泳ぎ行ったり、スタバに行って日本との違いを観察したり。
とりあえず留学生の行動として合ってるかは別として、前向きに少しずつ生きていきました。
そうやって苦しいながらも、自分なりに前を向いて生きてると、不思議と色んな出会いがありました。
学校の先生が言語交換の人を紹介してくれたり。
今まで関わることのなかった人たちと関わる事が増えたり。友達が今のバイト先を紹介してくれたり。
・台湾留学を経た今のわたしが思うこと
今
〜何がいいかなんて分からない〜
台湾に来てよかったと思うのは当たり前かもしれません。自分なりに台湾に来てよかったと思えるように行動してきたから。
マイナスな感情から始まった留学生活で学んだのは「選んだ道をよかったと思えるよう自分で行動するしかない」です。
自分のやりたい道を選べたなら幸せだと思います。ただどれがいい道かなんて誰にも分からないと思います。だからこそ、自分で選んだ道がよかったと言えるように、自分を信じて動いていくしかないなと感じました。
大事なのは選ぶ事よりも選んだ後の行動だと思います。
高校生の時に願ってた道は歩めなかったけど、
また違った収穫がたくさんできたので、これはこれでよかったです。
1番有り難く感じたのは、理想通りに行かない事を経験できた事でした。また上手く行かない事が起きても、次はもうちょっと早く、上手に乗り越えられる気がします。
日本にいたら知ることのできなかった人たちに出会えて、自分の世界が少し広がりました。
中国語も興味なかったけど、最近は楽しいなと思える事が多くなりました。
どんな事もそうだけど、できないことが出来るようになるってやっぱり楽しいから。
あと2年間も自分なりに進んでいきたいなと思います。
あとがき
結構軽く「辛い」「しんどい」の一言でまとめました。けど今でも高校での進路で親と揉めたことや、台湾来た当時の辛さは、すぐ思い出せるくらいには覚えてます笑
でも元々しんどい事でもなんとなく耐えれる性格なので、しんどいなって思いながら健やかに生きてました。笑
そしていきなりの電話にも付き合ってくれた友達には、ほんとうに感謝しかありませんでした。
泣きながら始まる長電話に付き合ってくれて、本当にありがとう。1番の心の救いでした。
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最後まで読んでいただき
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大須妃菜