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ゴールドフィンガー5.10a

クライミングにはスポーツだ。
スポーツには様々なドラマがある。
己の目標を共有し、師と共にそれを達成し、喜びを分かち合った、そんな話。

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オレの行く烏帽子岩と言うフィールドに「ゴールドフィンガー」と言う課題がある。

クライミングを知らない人にもわかるように説明すると、岩場には「ボルト」と言う部品が岩に固定されており(ペツル社のボルトなので「ペツル」と呼ばれたり、支点と言う意味で「ピン」と言ったりもする。人によりまちまち)、それにカラビナとカラビナを頑丈なナイロンのスリングで繋いだ「クイックドロー」(「ヌンチャク」とも言う)と呼ばれるものの片側のカラビナをボルトに掛け、反対側のカラビナにロープを掛けながら登る。クライミングとはそういう遊びだ。

クイックドロー(ヌンチャク)


ボルト(ピン)


この課題にはグレードがある。今は「デシマルグレード」と言うのが一般的で、5.6~がクライミングと設定されている。
5.10以上になるとさらに細分化され、後にa~dまで添え字が付く。(a⇒dの方が難易度が高い)
今は5.15ぐらいが確か最高だったと思うが、こんなのはもう、一般人の登る領域のものじゃないのがほとんどだ。
多くの人は5.10台を登り、5.11をクリアすれば「イレブンクライマー」と言われるようにそれなりにハクが付く。
バイクに例えると、私的な感覚で言えば岡山国際の旧コースで1'50"を切るぐらい?が「イレブンクライマー」ぐらいのハードルのように感じる。
このゴールドフィンガーと言うのは5.10aの課題。
つまり、まあまあ難しい、って程度。
大体、パワーかセンスがあれば、5.9は比較的簡単に登れるルートが多い。これが5.10aになると途端に「核心」と呼ばれる、その課題のハイライトになる部分が大体1箇所はある。
ただ、登り方が分かればそんなに難しいものではないことが多い。

ところが、だ。
クライミングを始めて3ヶ月で5.10bを登ったオレが、2年経った今も、いまだにこの「ゴールドフィンガー」が登れずにいた。
「登れる」と言うのはただ落ちずに登ればいいと言う訳ではなく、下から自分でボルトにヌンチャクを掛け、ロープをかけて安全を確保しながら登る、「リードクライミング」と言うやり方で最後まで落ちることなく登りきることだ。(「レッドポイント」と言う)
誰かが上から張ったロープを結んで、落ちても上からつるされる状態になる「トップロープ」で登っても「レッドポイント」にはならない。

リードクライミングとトップロープクライミングの違い
(引用元: https://www.google.com/amp/s/amp.amebaownd.com/posts/6678457 )

ところが5.10bの課題をレッドポイントしてるオレが、このゴールドフィンガー5.10aについては今だにトップロープですら登れていなかった。これはまずい、とオレの所属する山岳会の会長(オレと同い年)とオレの敬愛する師匠である女性クライマーの「大先生」の二人に「何とか、そろそろ登りたい」と言ったことがあった。それが昨年の10月。この課題、岩の庇(ハング、と言う)みたいなところの付け根のクラックに指を突っ込んで、指で支えながら、あとはその庇に背中を擦りながら登るような狭いところだ。

クラックに指を突っ込んで体を止める感じ

のっぺりとした岩壁で、足をのせる明確なポイントが無い。岩の膨らんだところは若干傾斜が緩くなるのでそこにクライミングシューズのグリップ力を頼りに押し付けて登る、どうにもグリップを信じきれないオレの苦手なところ。12月、会長と大先生の3人で烏帽子岩に行き、何とか、トップロープではあるが、一度も落ちずに登りきることができた。だが、ここからが長かった。一度トップロープで登ってるし、登れるやろ、とリードで行くも、敗退。

またトップロープでやってみる。
すると行ける。
何だこれ。

2、3回これを繰り返し、どんどんのしかかる苦手意識。
「う~ん…多分、相性悪いよね」と会長。
確かに比較的体が硬く、大きめのオレには実はちょっときつい課題ではあるのだが、そんなことは関係ない。


オレよりでかい人でも登っているのだから、何とかしてこれを堕とさねば面白くない。
相性が悪い、と諦めるのは簡単だが、何とも腹が立つ。何としてもコイツを堕としてやる。と決めた。

ところが春から夏にかけては別の山やら沢やらが忙しく、烏帽子岩にはほとんど行けなかった。
動きを忘れてしまうんじゃないかと焦りつつも、一人ではできない遊びなので仕方がなく、久々に行ったのが今年の8/4。オレの上げた例会に大先生が参加してくれた。
そしてこの日は新人さんが来ていて、オレが登るところを動画で撮影してくれていた。
そしてこの日は無事トップアウトできた。

だが8月はまたお盆の遠征やら子どものイベントが重なり、それ以上行けず。

そして約1ヶ月空いた9/7。
大先生と沢婆(さわんば、と言われてる(笑)沢大好きな女性クライマー)の3人で烏帽子岩。
暑さのせいか、岩場に人は少ない。
オレがゴールドフィンガーを堕としたくて悶々としてるのをずっと見てきている大先生から「人も少ないし、練習する?1回トップロープで登ってムーブ決めたら休んで、もう1回リードで登ったら?」と進言頂き、ありがたくそうさせてもらうことに。

そしてトップロープで核心部の動きを確認。うん。行ける。間違いない。

そして再度リードで登る。

ところが、こともあろうに、核心部の割と最初の段階で足を滑らせてフォール。
だが、その後やり直してトップアウト。
1テンション(ロープにぶら下がること、つまり落ちたってこと)ではあるが、初めてのトップアウト。
まあ、前には進んでいる。

ひとしきり遊んだ後、もう一回やる?と大先生。今度こそ行けるはずだ、と再チャレンジ。

とりあえず沢婆さんに動画を撮ってもらうように依頼してちゃちゃっと核心部に到達。

例によってクラックに指を突っ込み登る。
ここまでは順調。
ここにはボルトが3つ縦に並んでるのだが、その3つ並んだ一番上のヌンチャクにロープを…

…おかしい。さっき離せた手が離せない。ロープをヌンチャクにクリップできない。

ここから動けない。手も離せない、足も上がらない。指は限界。

朝も多少は無理はあったが、クリップはできた。
トップロープの時もリードとは逆になる(ロープを掛けるのではなく外す作業になる)けど、ロープを外す操作はするし、何ならリードの想定でヌンチャクをボルトに掛ける動作までイメージしてエアではやっている。
だとすれば何か手順が違うのだろう。
足の位置か、何か。
どうにも指も足も限界になり、ヌンチャクを掴んでゆっくりフォール。
その後、核心部だけムーブを固めたく、核心部の始まりまでおろしてもらい、再チャレンジ。
ところが、一番下のクラックさえ、ままならない。
おかしい。
こんなに届かないなんてことはなかったはずだ。足が上がっていないのか?
でも上げるところなんてない。
どうしたもんかな、と半ば強引に登る。
とにかくここは体さえ上げてしまえばいい。
が…やはり詰む。

手が離せない。

そうこうしてるうちに右足が滑ってフォール。

もう一回やっても同じ。

再発する「リードでは登れない病」。

最後は指が挟まったまま落ちたので皮が剥けてしまった。
この日はこれにて終了。

悶々とした気分で家に帰る。

そして今日の動画と、前回トップロープで登った時の動画を見比べる。

うん、やっぱり足がまだ上がっていない。
そして、左足の位置がおかしい。
これを上げれば何とかなるはずだ。

大先生にLINEを送り、多分、これが原因でしょうね、なんて話をする。


すると大先生は「私は明日も他の人たちと岩場にいるので、よかったら空いた時間だけでも練習に来ますか?ビレイしますよ」
と、この上無くありがたいお申し出。
乗っからない手はない。
午前中だけ行くことにして、2日連続で岩場へ。
昨日の指の傷があるので傷はテーピングで巻いて。

まずは5.8のV字谷。
しかし、ここでいきなりテンション。
皮の剥けた指に巻いたテーピングが滑り、しっかりホールドを持てず、先に筋力の限界が来た。何ということか。
テーピングを剥がして登ればなんてことはなかったが、どうにも幸先の悪いスタートだ。
そして改めてゴールドフィンガー。

1本目、トップロープなど必要ない。
昨日の復習で、左足の位置は2本めのピンの左下と分かっている。
核心部に来て、サクサクっとそこまで登り、左足を2本目のピンの左下に上げる。
よし、安定した。手が離せる。

ここで3本目にクリップ。進んだ!
ここまでくれば後はもう僅か。
最後に右足を3本目のピンの右に上げれば終わり、と言うところまで来た。
ただ、足を上げるためには体のバランスをとる為、右手で頭の上の小さな「カチ」(指先が掛かる程度の小さなホールド)と取らなければならない。
そこに手を伸ばし、掛けた瞬間「行けた…」と気が抜けたか、ズルっと足がすべり、フォール。

マジか…

そんなこと、ある?

とりあえず、降りて休憩。
その間、色々とムーブをイメージする。
10分ほど休憩して、再チャレンジ。
ところが意外な事態に陥る。
1つ目のクラックが取れない。
右手は届くが、左手が届き切らない。
斜めに入ってしまう。

これはまずい、何か間違ってるぞ?

とりあえず強引に登る。

が、左手を上に上げるために肩を回さないといけない事態になった。
こんなムーブはしてない。
案の定、肩を回したときに、背中を押し付けて止めていた体が抜け、フォール。

なんだそりゃ。

もう時間がなくなってきた。

さらに休憩した後、登るが同じく1つ目のクラックが取れない。
もう完全に「リードでは登れない病」だ。
完全に手順が間違っているが、せっかく大先生が作ってくれた時間。
無駄に使う訳にもいかない。とにかく試せることは試そう。それがいつか糧になるかもしれん。
そう思っている時点でもはや今日行けないことはほぼ確定だ。
案の定、似たようなところでフォールし、「今日はもう時間も無いので終わります。不甲斐ない結果で申し訳ないです。」
と大先生にお詫びし、岩場を後にした。

自己嫌悪の極み。

他人の時間を奪ってて結果も出さないとか、人として終わってる。何もかも嫌になるが、とにかく結果を出さない事には全てが無駄になってしまう。考えろ。打破できる手がかりは何かあるはずだ。

帰宅後、穴の開くほどトップロープで上手く行った動画を反芻する。すると、「あれ…これオレ右手と左手上下逆じゃね?」と思った。

左手を先に入れれば肩の後ろから腕を回してくる動きも必要ないはず。
多分これ、左手が先なんだ…と思った。

そして翌週。

例会の募集が上がったので参加する。
今度こそ堕としてやる。
ところが集合場所についたら例会を上げた口悪おじさんが「今日は駒形な」と言う。
マジか。
烏帽子岩はその対面に駒形岩と言うのがある。
烏帽子岩より5.10以上の課題が多く、ルートも長くて難しい。
そっちを攻めるだと?勘弁してくれ…
ただ、1分も歩けば烏帽子岩とは往復できるので、どこかで隙を見て練習したいなと思っていた。

ところがこの日はハードだった。

もうヘロヘロになりながら5.10a〜cを4~5本登り、昼を迎え、更に1~2本登ったところで口悪おじさんが
「よっしゃ烏帽子行こか」

…マジかよ。

今日はもうゴールドフィンガーやらねえぞ。
こんなので登れるわけないだろ。
今日はトップロープで右手と左手の位置だけ確かめるだけにしよう。そうしよう。レッドポイントなんてできるわけねえだろう。

そして烏帽子でも2~3本登ったところで
「さあ、次はキレネンコさんの好きなゴールドフィンガーにしよか(ニヤニヤ)」
と言う口悪おじさん。

くっそ。絶対狙って嫌がらせしてるだろ、この人。(爆)

とりあえず口悪おじさんのビレイをしてロープを張ってもらう。
その間、ずっと考えてた。

これでトップロープで行っても何も面白くないよな。
そして誰も面白くないよな。
口悪おじさんは「しょっぼいのぉー」って言うだけだし、大先生も、沢婆さんも、トップロープでトップアウトするところなんて見ても「よかったね」の感情すら湧かないだろう。
だったら、玉砕覚悟でリードで登るか。
幸いまだ大先生は登ってないし、骨は拾ってもらえる。(最後の人はヌンチャクの回収をしないといけない)
まあ、どうでもいいや、やってやるよ。
と自分の番になり、無言でせっかく口悪おじさんが張ったロープを抜く。
「お、潔ええやん(驚)」
「まあ、玉砕覚悟です」
「まだ登れてないんやったっけ?(ニヤニヤ)」
「はい、トップロープでなら何度もあるんですけど、リードはかれこれ10回以上は失敗してます」
「ふーん…まあ、今日は行けますよ(ニヤニヤ)」
へー、このおじさん、こんな口悪いのにこんなことも言うんだ、とちょっと驚いた。

さて、口悪おじさんのビレイでクライムオン。

下部はサクサクと登り、さっさと核心へ。
核心はまずは3つ並んだピンの2本目のピンにヌンチャクを掛けるところから。
カチャン、と小気味いい音を立ててクリップ。
よし、行くぞ。
ここで左手からだったな・・・と手を伸ばしたところで下から「ガンバ!」と声が。
どうやら大先生と沢婆さんも前の課題を終えてこっちに来たようだ。
声に驚いて一瞬手順が吹っ飛んで焦ったが、声援は大好きだ。
あと少しの時の背中を押してくれる。

左手から入るのはやはり正解だったようだ。
次への移行もスムーズでサクサクと足を上げて行く。
2本目のピンの左下に左足を置き、右足を更に上げる。
よし、手は離せる。
右手を離し、3本目のピンにクリップ。

順調。もう少しだ。

少し上のカチに手を伸ばし、右足を上げる。

よし、上がった!
後は左足を2本目のピンの上に持ってくれば安定する!
そこで立ち上がり、3つ目のクラックを持って立つ!

よっしゃー!!思わず声が出る。

ここまで来たら核心は終わりだ。
あとは庇を乗り越えるだけ。
ところがここで大先生から「そこもクリップせなあかんでー」とツッコミ(笑)

あ、忘れてた。
もうオレには支点はいらないのだけど、もう一つピンがある。
そこのムーブを全く考えていなかった。右手を離す。あれ?やりにくいな?左手?あれ?などとモタモタ…
沢婆さんは「大丈夫ー?」と少し不安げ。
大先生は「まああそこまで行ったらよっぽど下手こかん限りは落ちへんわw」と笑っている。

まあちょっと時間は掛かったけど何とかクリップしてハングを乗っ越し、終了点へ!

再びよっしゃあーーーーーー!!!の雄たけびを上げるオレ(笑)

口悪おじさんは「5.10a登ったぐらいで大げさなw」

ロワーダウンし、大先生と会心のグータッチ。
沢婆さんも「おめでとー!」と嬉しそう。
こう言う他人が喜んでくれる事がオレは大好きだ(^^)

「いやー、大先生が練習させてくれたおかげです、ホントにありがとうございました」

と改めて大先生に御礼を申し上げる。
大先生はいやいや、そんなキレネンコさんの力ですよ、などと謙遜をしながら、ぼそっと
「あー、でも最初のレッドポイントのビレイは私がしたかったなぁ…」
とつぶやいた。

もう、一気に感情があふれ出し、危うく涙するところだった。
ホントにあの日に登れなかったオレを責める。
これだけの喜びを、大先生としっかり分かち合いたかった。
それはオレも同じ気持ちだ。
だけどこういうのはめぐりあわせ。
大先生も「ビレイが口悪さんやったから、くそー、言うて登れたんかもしれんしな、これはもう、しゃーない」と言う。
悔しいがこればっかりはコントロールできない。

だからオレは次にやることが決まっている。

「初めてのマスターでのレッドポイントのビレイは絶対大先生にしてもらう」
(マスター:ヌンチャクを掛けることも全部自分でやること。オレが今回やったのは、
 前の人が掛けたヌンチャクを使っているので少しだけ簡単になっている。)

逆にその機会が来るまで、マスターではやらない。これはコントロールできる。

まあ、近いうちにその日は来るだろう。

そんなクライミングの楽しさを皆と共有して増幅させた、そんなお話。

まだまだオレの挑戦は続く。

次は5.11a。「ジジイ抹殺計画」

-了-

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