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2022年冬アニメ

「あたしを見て」
行き場のない想いだけ まだ
そこら中 走り回る
「時が経てば消えるのかな」
同じことばかり ずっと繰り返し
ただ日々をなぞっていく

la la larks - loop

2022年の冬アニメをまとめます。

平家物語

未来が見える少女「びわ」を語り手に据えることにより、「テネット」や「メッセージ」のような決定論的世界観(簡単にいえば「盛者必衰」、でしょうか)の中で人々がどう生きるのかをエモーショナルに語ることに成功していました。
びわは接する人々の未来(と過去)が見えますが、現実に干渉することはできません。びわの視点というのはつまり、アニメを見ている我々の視点と同じですね。びわ/僕たちには(例えば、罪のない女子供や未来ある若者が戦で死なないように)祈ることしかできません。紆余曲折の後に、びわは自身が見てきた平家の物語を「語り継ぐ」という選択をします。「祈る」「語る」という行為は、その事象自体に影響を及ぼしません。どれほど祈ったところで死ぬべき人の死は避けられず、すべてはいずれ消え去ります。

「起こったことは仕方がない」
それがこの世界の理だが、何もしない理由にはならない

「テネット」

ですが、その時代を生きる人々が祈り、語り継ぐことでその後の世界を生きる人々の行動に影響を与えることができます。世界はそのようにしてより良いものになってきました。自身は無力でもミームを遺すという主人公の決断は、そのまま「アニメを作る」という行為に直結していて真摯に感じられましたね。

ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン(第1クール)

正直ストーンオーシャンの内容をまったく覚えていなかった(結末は覚えていた)ので、新鮮な気持ちで楽しめました。やはり5部までと比較してスタンド能力や話の流れが複雑であり「これ成立してるか?」と考えてしまうところも多いですが、あまり考えすぎずに第2クール以降も見ていきたいと思います。

スローループ

生きることは失うこと、なのですが、人は失ったものを生きる理由にしてしまうことが多々あります。弟を失ったから姉であろうとする、父との思い出である釣りに拘泥する、友達を失った(と思い込んでいる)から再度友達であろうとする、一番じゃなくなったから一番でありたい、そういう気持ちは若いうちによく経験すると思います。そして、本当の喪失感はおそらく今は感じられないでしょう。

ふと、地下鉄に乗っているときに、急に自分が挨拶が苦手なことと、父親の死が結びついていることに気づいた。そのとき初めて「親父が死んだ」と実感したのです。そして急に涙があふれてきた。もう父の死からは30年近くたっていたにもかかわらずです。私はその時点まで父が死んだということが実感できていなかったのです。頭ではわかっていても、無意識にそれを否定していたのです。

養老孟司

ひよりが比較的メンタル的に安定しているように見えるのは、おそらく父がそう長くないことを知らされてから実際にいなくなるまで、時間をかけて死/喪失を受け入れられたからではないでしょうか。小春が非常に不安定に見えるのはその喪失が瞬間的で、自身の行いに責任の一端があると思い込んでいるからかもしれません。小春とひよりがスローに、コミュニティの中で喪失を受け入れる過程のその始まりがリッチに描かれていて良い時間でした。横須賀という舞台設定もスローな時間感覚に合っていて絶妙だと思います。

総評

女子中学生のフェティシズムとコスプレギャルにハマれなかった時点で今期は僕の負けです。来期は
デート・ア・ライブIV
まちカドまぞく 2丁目
サマータイムレンダ
ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会(第2期)
RPG不動産
パリピ孔明

あたりを見たいと思ってます。次は勝ちたいです。

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