【レポート】リサーチプロジェクト#01:社会とアートをつなぐ人たち/未来とアートをつなぐ:韓国のアート教育について(講師:チョン・ユンギさん)
韓国の文化芸術教育の仕組み
韓国の文化芸術教育は、官民の両方が行う取組から成り立っています。
民間企業は、企業のメセナ活動として、文化芸術教育の支援事業を行っているところが康うあります。こうした文化事業を行うことで税制優遇などを受けることができる仕組みになっています。企業のこうした活動は、「韓国メセナ協議会(Korea Mecenat Association)」で紹介されています。
公的機関による文化芸術支援事業は、国と地方、それぞれに文化芸術教育に関わる機関があります。これらの機関では、学校教育の内部に留まらず、学童保育など課外教育の現場を対象とした多様な文化芸術教育プログラムが提供されています。公的機関の事業でいちばん特徴的なのが、教育機関や福祉施設にプロフェッショナルのアーティストを講師として派遣する事業が行われているという点です。ユンギさんは、その制度の中で、長年、韓国の文化芸術教育に携わってこられました。
「韓国文化芸術教育振興(Arte)」について
まず、国の機関として設けられているのが「韓国文化芸術教育振興院(以下、Arte)」です。Arteは、韓国で2005年に施行された「文化芸術教育支援法」のもとで作られた機関で、韓国の文化庁にあたる「文化体育観光部」の傘下にあります。
Arteは、韓国における文化芸術教育の事業を担っています。まず、学校文化芸術教育、社会文化芸術教育の分野では、学校や様々な施設にアーティストを講師として派遣する事業に加え、そうした人材を認定する国家資格である「文化芸術教育士」の資格認定と人材育成も行っています。さらに、文化教育プログラムの開発や文化政策の研究、オンライン文化芸術教育支援事業なども担っています。
学校教育の分野では、幼稚園や保育所、小学校、中学校、高校、特殊学校、フリースクールなど各種の教育機関での芸術教育を行っています。中には、大学受験が終わった高校3年生を対象に文化芸術プログラムを提供する「想像満開(サンサンマンゲ)」と言った事業があります。
社会教育の分野では、福祉施設、軍隊、刑務所、閉鎖病棟、学校にいけない青少年のためのフリースクール等の支援施設、北朝鮮から脱出してきた方々などに向けてプログラムを提供しています。その中に、毎週土曜日に行われる「土曜文化学校」という取り組みや、楽器を買うことができない困窮した家庭の子どもたちを対象とした「夢オーケストラ(クミ・オーケストラ)」と言った事業があります。
人材育成の分野では、「Arte Academy」というプログラムを通じて、「文化芸術教育士」という資格を有する人々の教育を行っています。
教育プログラム開発・政策研究の分野では、文化芸術教育に関わるプログラムや制度の研究が行われており、オンライン文化芸術教育支援事業は、コロナ禍の中で発展してきた部分です。
学校文化芸術講師制度とは
では、韓国の文化芸術講師制度とは、どのようなものなのでしょうか。
Arteが認定する文化芸術教育士は、2021年時点で、韓国には約5000人がおり、8620校で受け入れが行われています。
国と地域の関係省庁とArteが主体となって、ソウル、京畿道、釜山、 江原道など各地域に拠点を置く17の運営機関が選定されており、その運営機関を通じて、全国各地の学校や施設に講師が派遣されています。
文化芸術教育士は、各学校に赴任している正規教科の教師とは異なる役割を持った人たちです。つまり、文化芸術教育士が、学校の正規教科である「音楽」や「美術」全般を教える存在ではないということです。文化芸術教育士は特定の芸術分野の専門家であり、自分の専門分野に特化した教育プログラムを提供します。たとえば韓国では、国語の授業の中に「演劇」のカリキュラムが含まれていますが、国語の教師が演劇の専門家であるとは限りません。そのため、演劇の授業を行うために、プロの俳優など舞台芸術の専門家が「教育士」として派遣されることになります。体育などでも同様で、ダンスを教える場合にはダンサーが派遣されます。このように、文化芸術教育士は、正規科目の教師に足りない専門性の部分を補う存在となっています。
文化芸術教育士は、専門分野ごとに選出され、現在は美術、音楽、舞踊、演劇、映画、民族音楽、写真、デザイン、漫画アニメーション、デザイン、工芸という11の専門分野があります。該当の専門分野で修士課程の修了以上、もしくは2年制の大学卒業後2年以上のキャリアがあることなどが求められます。新たに加わった分野に関しては3年の現場キャリアがあれば認められることもあります。選考では、教育に携わった経歴や、芸術家としての活動経験が問われるほか、面接試験などによって選考されます。非常に競争率は高く、狭き門となっているそうです。
「文化芸術教育士」と似たような取り組みは地域ごとにも行われています。
ソウルの文化財団では、「ティーチング・アーティスト」という制度のもと、アーティストが教師として派遣されており、小学生を対象とした「芸術をプラス(예술로 플러스)」や、中学生を対象とした「芸術とともに(예술로 함께)」といった事業が行われています。小学校で行われる「芸術をプラス(예술로 플러스)」では、国語、数学、社会、総合といった正規教科の中に芸術が統合的に組み込まれた授業が行われます。中学校を対象とした「芸術とともに(예술로 함께)」では、正規教科との連携だけでなく、プロジェクト型の芸術活動など、より創造的な体験活動が行われます。このほか、フィンランドの文化芸術機関と連携した「Art is Education」の事業など、グローバルな力を養うプログラムも実施されています。
韓国の文化芸術教育の実践事例
ユンギさんは、国の認定を受けた文化芸術教育士として、子どもたちの文化芸術教育のプログラムを開発してこられました。ユンギさんが専門とする「写真」の領域で、写真や映像を活用したプログラムに取り組んでこられました。
ユンギさんのプログラムは、「1.基礎知識」「2.活動」「3.観察訓練」「4.想像力/表現」「5.発表」という5つのステップを常に意識して作られています。
「1.基礎知識」ではまずカメラの基本的な仕組みを教えます。「2.活動」では、寝転んだり、高いところにのぼったりなどして、色々な角度から写真を撮影する、ジャンプしているところを写真に撮ってもらうなど、モデルとして撮影される経験をする、など実践からカメラの扱い方を学んでいきます。ここでは「失敗する」ことも重要な経験で、ジャンプをしている状態を撮るためには適切なシャッタースピードで撮る必要があることなどを学んでいきます。
「3.観察訓練」では、身の回りにあるものを観察することで、想像力を豊かにする訓練をしていきます。たとえば、身の回りにあるもので何かの「顔」に見えるようなものを探してみて写真を撮ってみる授業などを行い、観察しておもしろいものを発見することを学んでいきます。こうして、少しの技術と想像力を養うことで「作品」をつくることができるようになります。
ここから「4.想像力/表現」というパートに入っていきます。一学期の間にこの表現のパートまでいくことになります。「パロディおとぎ話」というプログラムでは、名前のとおり、おとぎ話をパロディ化した動画をつくります。「未来名刺」というプログラムでは、大人になった自分を想像して、未来の自分の「名刺」をつくりました。自分を表現することが得意でない子どもたちが、このプログラムを通じて友だちとの関係が改善したこともあると聞いています。『ガリバー旅行記』をもとにした「学校旅行記(巨人の国)」や、日本の漫画『進撃の巨人』に着想を得てつくられたプログラムでは、子どもたち自身が物語を作り、絵コンテなども書いてポーズを決め、写真をとったそうです。
また、障害を持った子どもたちが通う特殊学校でのプログラムでは、顔が見えないシルエットの状態でポーズをとって写真作品を作るプログラムを行いました。こうした学校では、自分の姿を撮影されるのを嫌がる子供が多くいます。けれども、「顔が見えない」という状況をつくることで、安心して自分の内面にあるものを表出してポーズをとることができるようになる、という変化があったそうです。
最後が「5.発表」というパートです。最初は発表をいやがる子もいますが、この最後の発表が、満足度を高める重要な部分です。学校の中で自分が作った作品を展示するだけでなく、大きな会場で展示を行って、保護者の方々に見てもらうと言ったことも行います。
文化芸術教育は、「自由に飛べる翼」だ
最後に紹介いただいたのが、「教室に閉じ込められた鳥」というプログラムでした
これは、「もしも動物になるとしたら何になりたいか」という質問に対し「鳥になりたい」という回答があったことから生まれたプログラムです。
まず、子どもたちは、教室のなかの高いところから写真を撮ってみるところから始まります。室内にいると、登れるところが少なく変化が小さいですが、ドローンを使うと、教室に留まらず、高いところから俯瞰することが可能になります。
文化や芸術が、教室に考えを留めず、自由に飛べるようにする翼のようなものであってほしい。
これが、ユンギさんの願いであり、文化芸術は、子どもたちが本来持っている力やエネルギーを発散していくための方法になりうると、考えているそうです。
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