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【レポート】リサーチプロジェクト#01:社会とアートをつなぐ人たち/地域とアートをつなぐ:(講師:山田創さん)

私たち「Knots for the Arts」は、アーティスト、ギャラリスト、キュレ―ターからなるコレクティブであり、アートと社会を結ぶコミュニケーションを基盤とした交流を促進し、多様な層の人々に開かれる芸術・文化のプラットフォームを作るべく、今春、活動を開始しました。私たちが行う「Knots for the Arts リサーチプロジェクト#01:社会とアートをつなぐ人たち」は、アートがどのように社会と関わっていけるかをリサーチし、アートの社会的意味を模索し、アートを通して社会に存在する自分と違う多様な人たちの存在を知り、受け入れる試みです。アートと社会をつなぐ様々な取り組みを行っている方々のインタビュー映像をコンテンツとして紹介します。
第二弾として、滋賀県の近江八幡にある日本家屋の美術館、ボーダレスアート・ミュージアムNO-MAの学芸員として、主に知的・精神障害のある人の作品と、現代美術家の作品を並列的に展示する企画展の開催や、視覚障害や盲ろうといった障害がある人との鑑賞プログラム、地域と美術館とをつなぐプログラムを担当する山田創氏に活動についてお話をお聞きしました。(2022年8月からは、滋賀県立美術館へ勤務されています。)

ボーダレスアートミュージアムNO-MAについて

NO-MAは、滋賀県の近江八幡市にある古い日本家屋を改装し2004年に開館した美術館で、社会福祉法人グロー(GLOW)が運営母体となっています。

美術館1階は、古民家を平面作品が展示できるようなギャラリースペースに改装していますが、2階は、元々の古民家をそのまま残し、空間を楽しみながら、展示も楽しんでもらえるような作りになっています。展示会場としては決して広くはありませんが、他の空き古民家を利用して複数会場で展示を展開することもあります。


同じ作業、同じ動作を繰り返すことで生まれる作品を制作するアーティストや同じ画題を繰り返し制作するアーティスト7名による企画展『反復と平和­ーー日々、わたしを繰り返す』(2022年4月29日〜7月31日)や、身体、人種、性、思考、社会的立場など現代の多様性とコミュニケーションの問題に向き合った企画展『79億人の他人ーーこの星に住む、すべての「わたし」へ』(2021年9月18日〜11月21日)など、知的・精神障害のある人の作品と、現代美術家の作品を並列的に展示する企画展を開催しています。それだけでなく、視覚障害や盲ろうといった障害がある人との鑑賞プログラム、地域と美術館とをつなぐプログラムも活発に開催しています。

近江八幡について

NO-MAがある近江八幡は、人口約8万1千人、時代劇の撮影などにも使われ古い町並みが残る観光地です。近江商人という言葉もあるように、かつては商人文化が盛んでした。そんな近江商人が住んだ新町や永原町は、格子戸や見越しの松、うだつなどが並び、「重要伝統的建物保存地区」として登録されています。そんな中に、NO-MAも位置し、古い町を散策し景観を楽しみながら、美術館を訪れることができます。


アート作品の展示を前提とした一般的な美術館の建物とは異なり、古民家を改装して展示空間を作っているので、外観に反し一歩建物の中に入ると、外とは異なる世界が広がるような不思議な空間を持つ美術館です。 

地域住民とのつながり

そんな独特の雰囲気を持つ美術館を地域の住民は、どのように受け止めているのでしょうか?

美術館の紹介でも述べたように、NO-MAは複数会場で展覧会を企画することもあり、多い時ではその会場は6ヶ所に及びます。そのため、近隣の人たちに会場運営のボランティアを継続的にお願いしているそうです。地域に住む退職された方々を中心に、大学生や高校生も条件つきで参加してくださり、幅広い世代の地域の方々に協力してもらい展覧会の運営をしています。また、引きこもりを支援する団体と連携し、引きこもりの方々に参加してもらうことで、地域の中での居場所という役割も担っています。

今回、インタビューをした山田創さんご自身も、2013年にNO-MAが6つの会場で開催した展覧会にボランティアとして参加したことがきっかけで、NO-MAと関わりを持ち、学芸員として働くことになったそうです。

ボランティアをきっかけに、会場運営をするというだけでなく、一緒に展覧会を作り上げていく楽しさや障害を持つ方を含むアーティストへの理解を深めることも地域住民の方に参加してもらう大きな目的であると山田さんは述べています。

地域のボランティアの人といい関係を築けている例として、会場となった町家の庭の保全活動に取り組んでいた方のお話をしてくださいました。その方は、当初、アートには興味はないものの、会場として使われる町家のP Rをしたいと考え、ボランティアに参加されたそうです。しかし、会場整備をしていく中で、展示されている作品に惚れ込み、アーティストを先生と呼び、アーティストや美術館のスタッフとも距離を近づけていきながら、展示構成などにアイディアを出しながら、アーティスト、展覧会、美術館に関心を寄せてくれるようになり、今でも大事なつながりになっていると言います。

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