ヤギ日記「催涙雨」(2023.7.7)
7月1日から毎日、Twitterで開催されている企画「文披31題」で掌編を書いていたのだが、ついに昨日は書くことができなかった。昨夜はいろいろと立て込んでいて、書けない事情もあったのだが……まあ、六日間続けられただけマシだと思う。私はネタがそうホイホイ浮かんでくる性質でもないし、そもそもが熱しやすく冷めやすい、飽きっぽさとやる気の無さに自信のあるベテラン三日坊主なのだから。
とはいえ何も書かずにスルー、気持ちを切り替えて今日のお題へ……というのも癪に障る。しかし小説は書けそうにないから、仕方がないのでこうして日記を書くことにした。ネタはもちろん「催涙雨」だ。
催涙雨とは七夕の夜に降る雨を指す言葉であるらしい。私は調べてみるまでそのことを知らず、字面だけ見て催涙弾を思い浮かべていた。
昨夜も、催涙剤のシャワーとかで一本書けないか、などと考えてみたのだが、いいアイデアが浮かぶ前に来客があり断念せざるを得なかった。労働を終えて巣に戻り、シャワーを浴びてそのまま全裸で執筆作業に取りかかろうとしたところで、ノックの音が聞こえてきたのである。
「はいはい今行きますヤギ~」
私は全裸中年男性だが、その生存が許されるのは自室と浴場のみであることは十分に理解している。手早く毛皮を着込んでドアを開けると、しょぼくれた顔の若者がひとり立ちつくし、ぐずぐずと鼻をすすっていた。
私は思わず溜息をつきそうになり、すんでの所で飲み込んだ。
「なんで、あんたがここにいるヤギか……」
それでも吐き出した言葉には、少しばかり棘が滲んでしまっていたように思う。若者もそれを感じ取ってか、くしゃりと顔を歪ませていた。
「……今夜は、雨の予報だったから」
「催涙雨、ってやつヤギね」新しく仕入れたばかりの知識は、つい口に出してみたくなるものだ。「でも結局予報は外れたヤギ。よかったヤギねぇ」
「それがよくないんだよ……どうせ雨が降ったら無駄骨になると思って、休んでいいって言っちゃったんだよぉ……」
「まさか……」
私は猛烈に帰りたくなった。しかし残念ながらここが私の巣であり、他に逃げ場所はない。
そして、この目の前の若者がこの日のこの時間に訪ねてくる理由は、絶対ろくでもないものであるに違いないのだ。
「あのさ……ウシのかわりに、牛車牽いてくれない?」
てへ、とウインクをしたこの若者の名は、彦星といった。
私は無言でドアを閉めにかかった。予備動作ゼロの完璧な行動だったはずだが、彦星が靴をねじ込んでくる方がわずかに早かった。
「ああもう! お断りしますヤギ! さっさと帰るメェ!」
「頼むよぉー……同じ鯨偶蹄目だろぉ?」
「無茶言うなヤギ! ヤギとウシの体格差考えてから言えヤギ! というかそもそも自分で歩いて行けばいいヤギ!」
「年に一度の逢瀬なんだぞ? てくてく歩いて行ったんじゃ格好がつかないじゃないかぁ」
「不格好さならヤギ牽きの牛車も大差ないヤギよ!」
……こんな調子で私と彦星の醜い言い争いはしばらく続いたのだが、最終的に私が折れることになってしまい、結局そのまま執筆の時間を作ることはできなかった。まったくひどい話である。
最後にひとつ。昨夜の日本列島は、雨が降ったり降らなかったりと、地域や時間によってばらつきがあったようだ。しかしあれは彦星が私を泣き落とす際に流した涙であって、決してあのバカップルが逢瀬に失敗した悲嘆の涙ではないということだけ、ここに書き記しておくことにする。