海外進学ブームの先にくるトレンド予測
はじめに
今回の内容は、3回連続シリーズの3回目となっています。もし前々回記事・前回記事をご覧になってないようでしたら、先に読んでもらった方がつながりがわかりやすいかもしれません。一応、下記にリンクを置いておきます。
あらすじと今回の内容
ここまでのあらすじを簡単にまとめます。
国内の非国際系進学校もいよいよ海外大学進学に目を向けはじめました。日本の進学校の中高生は世界的に見ても能力が高く、ポテンシャル的には海外の大学受験にも十分対応可能です。ただし、その先には資金調達という大きな壁があり、ここを乗り越えるのが非常に大変であるというお話をしてきました。
今回は、まず、国境を超えたグローバルな大学受験が現状どのような状況になっているのかを俯瞰的に眺めていきます。そして、そこに潜む構造的な問題が子どもたちにどのような影響を与えうるのかについて考えていきます。
工夫次第で手に入れられるようになった実践的な英語力
おそらく10年ほど前までは、日本人の生徒が海外大学進学を検討するにあたって最大の足かせになっていたのは、実践的な英語力だったのではないかと思います。
これまでの日本の英語教育では、論文などの硬質な英文を「読む」スキルに力を入れる一方で、「話す」や「書く」の習得が十分ではありませんでした。
ところが最近では、おうち英語に代表されるように、幼少期から実践的な英語を身につけていきましょうというムードが高まりつつあり、それをバックアップするテクノロジーも発達してきています。
「話す」スキルも AI アプリでやり取りできたり、 アカデミックに「書く」スキルも、やはり同じように、AI で翻訳や添削を受けたりすることができるようになっています。
今までであれば、親の転勤に伴った海外経験があるなど、自分の生い立ちに絡めて身につけていたであろう実践的な英語力を、国内のドメスティックな家庭にいながら習得することができる環境が整いつつあるのです。
無視できない SNS の影響
それと同時に注目しているのは SNS の隆盛です。
これまで一部の留学斡旋事業者しか持っていなかった海外大学進学に関する情報は、いまや SNS にあふれています。それどころか、拡散される情報の中には、事業者の情報よりも鮮度や確度が高いものまで含まれてるようになっています。親近感のわく先輩の SNS での発信が、海外大学進学を身近に感じさせるようにしてくれました。これも大きな変化だと思ってます。
さらには、最近の円安に象徴されるように、日本経済や日本の将来を不安視する考え方が SNS で共感を得て、拡散されやすいのも見逃すことはできません。
進む高等教育のグローバル化
以上のような複合的な要因から、高いポテンシャルを備え、十分な情報を持ったご家庭の生徒さんが、海外も視野に入れた進路選択を目指すようになるのは規定路線だと思っています。
そして、こうした高等教育のグローバル化は、日本に限ったことではありません。
世界的に留学生の数は増加の一途です。2000年には約160万人だった世界の留学生数は、コロナの影響がまだ出ていなかった2020年には約560万人にまで拡大しました。およそ3.5倍です。
留学生受け入れ国として人気なのは、米英加豪などの英語圏です。オーストラリアでは、コロナ前の2019年、在学者に占める留学生の割合が3割を超えました。
近年、特徴的なのは、こうした留学生受け入れ国に多様な国々から受験生が集まるようになってきていることです。
アフリカや中南米、東南アジアの国々などでも、米英の大学を目指す機運は高まってきています。
例えば、2021/2022年のアメリカの留学生出身国上位を見てみますと、 中国とインドの出身者が頭抜けて多いのは変わらずなのですが、ベトナムやメキシコ、ブラジル、ナイジェリアなどが上位にランクインしています。
以前だったら、この辺りに日本が入っていたと思うんですが、もうその名前はなく、アジアからはベトナムが入ってるというのは、ひとつ象徴的なことだと感じます。
イギリスの場合は、中国・インドの他に、ナイジェリアやパキスタンなどが入ってきますね。
狭い道、高い壁
このようなかたちで、世界トップレベル大学がひしめきあうアメリカやイギリスの大学受験に、国を超えて海外受験生が押し寄せています。その結果、引き起こされているのが合格率の低下です(理由はそれだけではありませんが)。
日本でもよく名前を聞くハーバード大学は、最新の合格率が3パーセント台。イェール大学も4パーセント台です。
ここまでくると、運ゲーと言いますか、宝くじに近いような状況になっているのがお分かりいただけるのではないでしょうか。
日本だけを見ても、繰り返しお伝えしているように、海外大学進学熱が広がって、今後目指す人は急拡大していくでしょう。対して、合格するハードルは年々上がり続けています。非常に苦しい状況になっているわけです。
「トップ・オブ・トップであるハーバードやイェールなら、そりゃあ難しいだろう。もうちょっと現実的に、合格可能性の高いところを目指せばいいんじゃないか」。そう考える人もいるのではないでしょうか。
そうなると今度は、資金調達の壁がまた一段高くなってしまうんです。
というのも、米英の超一流大学であれば、独自の経済支援プログラムが充実していたり(これはアメリカだけですが)、国内の大型支援系財団の選抜にも通りやすかったりするはずなのです。
知名度が高くセレクティブな大学から合格をもらったら、 その実績を引っ下げて財団の選考に臨めば、そうでない大学よりも奨学生に選ばれる可能性が高くなるというのは当然考えうることです。
「アメリカやイギリスじゃなくてもいいんじゃないか、ヨーロッパやアジア、それ以外の国々に行けばいいんじゃないか」という考え方もあるでしょう。
たしかに、アメリカやイギリスに比べたら、学費や寮費、生活費はぐっと抑えられると思います。しかし、まだまだケモノ道。先人があまりいないこともあって、不安に思われる方も多いのではないでしょうか。そして、そうした国の大学を選んだ場合、大型支援系財団の対象からは外れてしまいます。
以上、見てきたように、高等教育のグローバル化により、米英トップ大学から合格を得ることが非常に難しくなっています。そして、トップ大学を避けた海外大学進学を狙おうとすると資金調達はいっそう厳しくなります。
道は狭く、壁は高いのです。
心配なのは子どもたちのメンタルヘルス
一方、海外の大学受験を意識した場合、その準備期間は非常に長いものとなります。
前回の記事でも書いたように、アメリカの場合は特に、エッセイとそれを裏打ちする課外活動が重要になっています。課外活動を充実したものにするためには、長い時間と情熱を投下しなければなりません。加えて、英語力が不足している場合、 TOEFL や IELTS のスコアメイクも必要となります。学校の成績が悪ければ不利になりますので、常に成績を気にした学校生活を送ることにもなるでしょう。
そこまでするにも関わらず、海外大進学の前には様々な壁が立ちはだかり、なかなか先が見えない。安心感が得られない。そんな状況になります。これは生徒にとって大変なストレスです。メンタルヘルスに悪影響なのは明らかです。
そういった状況ですので、海外大進学の道が断たれた場合に備えて、日本の大学も併願できるように準備しなきゃね、、、普通はそう考えますよね。
これがまた、とっても問題で。というのも、これも前回記事に書いたことですが、日米の「学力観」は全然違う。つまり、準備しなきゃいけない対策もまったく違うのです。
最近でこそ、日本の大学受験も総合型選抜や学校推薦型選抜といった、海外の大学受験と親和性の高い入試形態も増えましたが、もし一般型選抜まで含めて併願準備をしようとすると、明らかにオーバーワークになってしまいます。そして、残念ながら、難関大学になるほど一般型選抜の割合が高いのです。
できる子はできると思います。こなせる子はこなせますし、実際にやってる子もいます。ただ、これから裾野が広がっていくなかで、そこまではできない子、難しいのに親からのプレッシャーを感じてやってしまう子というのも当然出てくるだろうと予想しています。
取り返しがつかなくなる前に
近年、若者の自殺者数が増加傾向にあります。昨年は小中高校生で411人となりました。その大半は中高生です。
原因の上位には、家庭の問題や友人関係の他に「進路問題」や「学業不振」があがっています。
海外大進学を視野に入れた不安定な状況が長く続くと、それはやはり子どもの心の負担になりますし、ひいては、不登校だったり、その先にはもしかしたら自ら命を絶ってしまったりというような最悪の事態も想定されます。
こうした問題は、過熱化するブームの裏で、ゆっくりと顕在化していくのではないかと予想しています(あまり当たってほしくない予想です)。そしてその後、社会問題として捉えられ、その先に来るであろうトレンドは「子どものウェルビーイングこそが本来目指すところじゃないのか」という本質への立ち返りになるのではないかと思っています。
子どもの数が減っていっているにもかかわらず、心を病んでしまう子どもが増えていくとしたら。こんな不幸なことはありません。
子どもたちの健やかな成長をベースとした適切な進路指導がなされる、「当たり前の」教育環境。言うは易し行うは難しではありますが、実現してほしいと心から願っています。
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