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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

『さらなみ』のすすめ。脱・美少女ゲーム的な進化系ラブコメ(?)を浴びてくれ

X(旧Twitter)とnoteで連載中の漫画/小説『今さらですが、幼なじみを好きになってしまいました』通称『さらなみ』読んでますか?

本作をまとめた同人誌が夏コミで出たのですが、それと同時に物語が転換点を迎えて結構ヤバいです(語彙力)!



『さらなみ』を読む方法

漫画・小説が全話無料で、1話あたり数分で読めます!
特に漫画なら、全部じっくり読んでも2時間前後で読めると思います!(本稿執筆時点)

以下、重大なネタバレは警告しますが、そのポイントまでそこそこ展開を書いてしまうので、真っさらな気持ちで読みたい方はまず読みましょう!

【漫画まとめ】

https://note.com/saranami/m/mc2e1d995acf5

【小説まとめ】

https://note.com/saranami/m/m075a5fd4d63f

【公式X(旧Twitter)】



美少女ゲームライターらしからぬ転換

本作のシナリオ担当、丸戸史明氏は美少女ゲーム出身。

ここでの美少女ゲームとは、「男性主人公が、複数の女性と関係を深めていき、その中の誰かを選び恋人にするゲーム」です。

氏はゲーム以外の作品でも大体こんな感じの物語が多いです。

ですが、本作の主人公は女性なんです。
基本は主人公とその幼なじみの、1体1の物語。丸戸さんどうしちゃったんですか???

主人公の女の子、白坂 陽花梨(しらさか・ひかり)。
その幼なじみの男の子、高村 夕(たかむら・ゆう)。

あらすじは簡単で、ずーっと幼なじみとして接していた男の子をいまさら好きになってしまいました、という物語。


最高に可愛い‘‘女の子’’を見てくれ


美少女ゲーっぽくない作品ですが、丸戸さんの描く女の子は変わらず一級品です。

彼のことを、これだけ考えて。頭を使って、気を使って。
彼に気に入られたくて、そのためには自分を変えることも厭わなくて。
でも彼に、ありのままの自分を受け入れて欲しくて。
そんな二律背反を抱えたまま、空回りしっぱなしの、わたしは……
「なぁ~んで、あんなやつ……好きに、なっちゃったんだろう、ね~」

第9話(小説版)より

等身大の、めんどくさい女の子の葛藤。
甘ったるい砂糖味を、甘ったるいまま流し込んでくるこのくどさ。

「ちょっと重い」んだけど、こういうコに想ってもらえたら幸せそう~。
女性ユーザーさんでも共感する方は多いらしいので、男女問わずおすすめしたいです。

サブキャラもいいぞ

第15話より。背中を押してくれるアヤちゃん

サブキャラもいいぞ。
陽花梨の友人アヤちゃん達をはじめ、楽しげな面々が揃ってます。

1対1の想い人と想われ人、そして彼女らを見守る人々。
こういうのでいいんだよこういうので!
ほっこりするなぁ。


ブラックボックス化する、選ぶ側の意思


高村 夕くん。
丸戸氏の過去作であれば、主人公になっていたはずの人物です。

しかし物語は陽花梨の主観で進むので、彼の考えは読者も想像するしかないです(美少女ゲーなら彼の考えが地の文で分かるはずなのに!)。

恋愛を意識していなかったはずの幼なじみ同士。
今まで通りの“幼なじみ”のままなのか?
実はドギマギしているのか?

彼のわずかな反応だけがよすがです。
「恋愛感情、芽生えたての幼なじみラブコメ」ですね。
でもね、不思議なんですよ。

どうして、この物語は高村夕を‘‘真意が分からない奴’’にしたんだろう?

第10話より。遊園地デート(と陽花梨は信じたい。けれど彼は……)

誰がヒロインなんだろう

第12話より。関さんが現れ夕を問い詰める

……関さんって誰?
陽花梨も読者もそう思います。多少遊んだりLINEしたりする仲らしいのですが、夕に彼女への恋愛感情はないご様子。良かったぁ。

でも怖くないですか?
夕には、陽花梨の知らない「知り合いの女性」がいる。

陽花梨の知らない時間に、陽花梨の知らない人と、どんな意味で過ごしているんだろう。

美少女ゲーなら「俺の名前は高村夕!陽花梨とか関さんとか仲良い女の子の誰かと恋したいぜ!」って物語になっていたはずです(やや誇張)。

でもこれは、陽花梨の物語(のはず)。
彼にとってのヒロインって誰?陽花梨だよね?
それを信じたい。2人のハッピーエンドを信じたい。

だからこの作品は、「幼なじみの愛を信じながらやきもきする系ラブコメ」ってジャンルなんです。
どうです?こういうの好物のかた、とりあえず全部読んでみましょう。1話あたり数分で読めます。


そして以下、強めのネタバレ。






(以下ネタバレ)ホワイトアウト

なんやかんやあって、告白の決意をして臨んだ学園祭。

第20話より、夕からの伝言。脈しかない

脈ありじゃん。これにはミャクミャク様もにっこりだよ。脈脈ありありだよ。

でも、彼は現れない。

夕くん、どこにいるんだろう。
探すしかないよね。
あっ、やっと、見つけた──

第21話より。アヤちゃんから夕に仕掛ける

アヤちゃんがサブキャラなんて誰が言った???(お前だよ)

陽花梨にとっては友達で、読者にとってはサブキャラで。

でも夕にとっては?彼は彼女を「ヤミ先輩」と呼んでいた。
僕らの知る「アヤちゃん」と同じ人と、違う時間を過ごしてきた呼び方をしている。

ここ、読者がまずショックなのは、もちろん「アヤちゃんと夕がキスしている」ことなんです。

でもそれ以上に重要かもしれないのは、「このキスですら、夕は受動的だった」こと。
自分からキスをしたわけじゃないから、彼の意思が分からない。
差し込まれるセリフ、色んな伏線から、やっぱり想像するしかない。

アヤちゃんへの、今の彼の本当の気持ちは?
そういえば、関さんだって彼のことが好きなはず。
あの後、彼女は何もしてこなかったのか?

さて。
なぜ、この物語は高村夕を‘‘真意が分からない奴’’にしたのか?

それは恐らく、彼の過去・人間関係・恋愛感情、全てを隠すこと自体が、物語を推進する主軸だから。

「好きな人」のことを、分かっているようで分かってない恐ろしさに怯えながら、それでも懸命に恋をする女の子の物語だから。

ゲーマーが愛してきた美少女ゲーの主人公は、傍から見たら少し怖いんです。

あくまで夕は彼なりに普通に生きているだけでしょう。
何か悪事を働いているとかじゃない。

それでも、「選ばれる側」の恋はこんなにも「分からない」ことが苦しい。

夕は何を考えて、抱えているのか。
彼の真意は黒い闇に包まれ、陽花梨と読者からは窺い知れません。

第21話より

そして真っ白になる、陽花梨の視界。
この2色でもって、『さらなみ』第1部は幕を閉じるのでした。

なるほど、こっからが本番ね!こういうの見たことあるわ!具体的には成田空港とかで!

全く美少女ゲーム的でないからこそ描けるこの物語を、確かに見届けたい。そう思います。


全話既読・かつ「思ってたのと違う…」となった方へ

よむ先生のファンの方、SNSで流れてきてゆるく楽しんでいた方、いらっしゃると思います。
感想を拝見していると、「なんか思ってたのと違う……」と思われた方もお見かけします。

これまでのほっこりラブコメから一転してドロドロした内容ですから、きついですよね。

ただちょっとお話したいのが、丸戸ファンはドロドロだけを楽しんでいるのではなくて。
それを乗り越えた先にある、優しい感動の話をさせてください。

丸戸先生の代表作、『冴えない彼女の育てかた』(通称『冴えカノ』)という作品。

創作の喜びと苦しみ、それをとりまく男女の悲喜こもごもを描いています。

主人公の男の子がいて、彼に気持ちを向ける女の子たちがいて。

彼女たちは互いに友情を抱きながら、
嫉妬心も向けあいながら、
それでもこんなことを思える人達です。

大丈夫 全員 笑える場所に ちゃんと 繋がってるよ

加藤恵(CV:安野希世乃)「GLISTENING♭」作詞:稲葉エミ

上記は“加藤恵”のキャラソンから。
彼女が目指したのは、「全員笑える場所」でした。

みんなが幸せになれるご都合主義を探して、現実に足を取られながらも優しい結末へ足掻いていました。

キャラそれぞれの性格は違えど、こうした人間性が丸戸先生のキャラには結構通底していたりします。

『冴えカノ』が完結したとき、
僕は「おしまい」の4文字に、明るい涙を滲ませながら本を閉じました。

『さらなみ』は未完の作品で、今後どうなるかは保証できません。

でも、僕は作者を「物語のゴールには、優しい余韻をくれるひと」として信頼しています。

というお話でした。


【おまけ】展開手法の分析


【ミスリードのインパクト向上】

本作は、SNS上での連載形式を取っています。
第1話の投稿日は2023年12月25日。
第1部完となる第21話は2024年8月12日。
8ヶ月越しの重い展開はショックでした。

そしてこの漫画、ほのぼの幼なじみラブコメのはずだったんです。

物語とはふつう、最初のうちに「こういう作品ですよ」と示します。
世界観とか、物語の方向性とか。
これをジャンルと言いますよね。

『さらなみ』がやっているのは、物語ジャンルのミスリードと言えます。
予め「闇深い作風ですよ」と提示されてこの展開を見ることと、朗らかな作風からいきなり突き落とされるのとでは……。
いるよね、心の準備ってやつが。

今回の『さらなみ』ショックは、
「ジャンルのミスリード」の効果を「長期連載」でブーストしていたんですね。


【メディアの役割分担】
漫画、小説を同時に展開するメディアミックス方式。

原作が2つある、とも言える形態です。
Xの漫画は、SNSに最適化された「短いページで分かりやすく面白い!」の形式。
一方noteの小説ではより細かい心理描写で、漫画で釣ったファンを沼に沈める二段構えです。

どこまで効果を上げている施策かの判断は難しいですが、「ライトユーザー開拓を担う漫画・コアユーザー定着を担う小説」と綺麗に役割分担がなされています。

【SNS機能を活かしたリマインド】
アヤちゃん奇襲(?)問題の回に、なかなかなリプライが付いています。

アヤちゃんは昔「(キスなんて)唾の味しかしないよ?」と言っていたけど、それ夕くんとのキスだったんですねぇ!

最新回に紐付けて、過去の伏線回をリマインドする手法ですね。
助かる~(人の心とかないんか?)。

物語全体から伏線探し直すのってガチ勢しかやらないけど、作り手から「ここだよ」って言われたら各話の短さもあってカジュアルに理解を深めやすい!


とりあえずこの辺で締めます、次回の更新も楽しみ!
(読んでくださりありがとうございました!)

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