ごはん杖【#毎週ショートショートnote】
私は子供の頃から、巻寿司をごはん杖と呼んでいた。ごはんで出来た杖だからだ。
流石に大人になってからは改めたが、一度だけつい口走ってしまったことがある。同僚達と寿司屋に行った時であった。
「ごはん杖、一本追加で」
しまった、と思った。私は大いに笑われた。
そんな中、一人笑わない女性がいた。彼女は後からこっそり私だけに告白した。
「私もごはん杖と呼んでます」
妻との出会いはそんな些細なきっかけだった。
あれから数十年が経った。私は死の淵にいた。
傍らには妻がいる。
「何かほしいものはありますか」
「ごはん杖」
その言葉を口にしたのは、あの夜以来だった。
食欲など無かった。
ただ私達の始まりを再確認したくなったのだ。
「それだけでいいの」
「それだけでいい」
戻った妻は、一膳の箸を手にしていた。
巻寿司ではなかった。
そこで初めて、妻にとってのごはん杖が箸であったことを知った。ごはんを食べる杖だからだ。
あの夜笑わなかった二人は今、大いに大いに笑った。(410字)
たらはかに(田原にか)様の企画に参加しました。
今回のお題は「ごはん杖」でした。
ありがとうございました。
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