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杏の頃

まだ僕が北国都市の会社員だった頃の話。
進学(と言う名の田舎脱出)で都市部に苦学生として滑り込んだ。
勤め先はあちこちのデパート。
催事という単語を知り、閉店後に社販で値引きされた惣菜を買って帰宅。
数々の飲食店。
その中で夏になると気になるディスプレイがあった。
梅園の季節品かき氷。
スタンダードなものに混じり、向日葵のように明るく見えるその名は氷あんず。
田舎には杏なんてなかった。
白い氷に宝石のように光る杏がこれでもかと乗っている。
すごく憧れた。
お給料が出たらいつかこれを食べよう。
何せ貧乏学生。
日々のランチ代より高いかき氷に中々手を出せない。
タイミングと財布の具合をはかり、ようやく店舗で注文。
きらきら
さくさく
ひえひえ
杏にスプーンを入れる。
甘酸っぱい果肉が口の中でほどけていく。

やがて梅園はテナント退店し、食べる機会も無いまま記憶の片隅へ仕舞われる。
月日は流れ、縁あって関東へ転職する。
「ひんやりフード」という単語を目にして、郷土の濃厚なアイスクリームなんかよりそっちの記憶が引き出された。
あぁ、浅草行けるじゃん。
思い出の氷あんず、食べに行こうかなぁ。

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