天井の高さはどう決まる?
天井が空間の印象を決める。これは言い過ぎではないが、全てでもない。空間の広い意味を全て説明するには紙面が小さすぎるが、その一端を感じてもらえたらと思う。タイトルの疑問に答えるには、天井高を変えることで、どの様な影響があるか、又どの様な機能がそこにあるかを知っておく必要があると考えられるため、天井の役割や影響を浅く、広く提示していくことでその回答になれば良いと考えている。そのため、今回は天井の高さのみに注目し、素材やディテール、機能面などの詳述は省略し、天井の高さにフォーカスする。
建築基準法では室内の天上高さは平均2.1m以上と定められている。法律は最低限度を定める性質であるため、日本人にはこれが最低と考えられているのだ。注目すべきは「平均」であること。変化をつけることを許容しているのだ。
日本の歴史的には、「木割り」という木造建築のマニュアルが存在していたのだが、1608年に「匠明」という本にまとめられ、以後大工さんたちの教科書的役割を果たしていた。そこには、その部屋の広さにより天井高さの標準寸法が決められていた。6畳の部屋では約2.3m、8畳の部屋では2.4mといった様に室内の縦横高さのプロポーションにはおおよそ目安があった。これは座の生活を中心としていた時代のプロポーションであったが、現在でもその天井高は割と生き残っていると思われる。
西洋と日本では外光の取り込み方も異なる。日本はその低い軒先が外壁から伸びているため、太陽光は縁側に反射して、室内の天井に再度反射して室内に入射する形になる。最初に光が反射する縁側の床の木材が経年変化で渋い黒色などに変色しているため、室内に入る頃には、太陽光が優しい光に変化している印象である。(上写真2枚は縁側とその室内の例)一方の西洋では太陽高度が低いこともあり、太陽光は日本に比べてそもそも弱い。そのため、目一杯に太陽光を取り入れようと努力した形跡がある。又、建築構造が組積造が中心であり、横長の窓は構造的に難しいため、縦長のポツ窓が縦に伸びることで光をより上方から取り込んでいる。(下写真はポツ窓の例)サンルームやガラス屋根の発展も西洋の方が積極的である。つまり、光を上方から取り込むための縦長のポツ窓や、イス式の生活、平均身長差などから、日本と比べると天井高は高く設定される傾向にある。これは良い悪いではなく、それぞれの文化というか特徴である。
天井高による心理的影響という面では、低い天井と囲まれた壁を用いることでDENなどのある種、洞窟感のある包まれた空間を作ることができる。住宅や飲食店などで用いられる手法で、独特の小さな空間による非日常感や空間が持つ包み込む印象が、その中で過ごす人々に一体感を作り出すため、空間演出としては効果的である。一方で高い天井高は、その空間にゆとりを生むため、面積以上に広がりを感じさせたり、インテリアと組み合わせてある種の高級感といった印象を与えることができる。部屋の広さに対して高すぎる天井は逆に狭さを感じさせてしまうため、配慮は必要である。又、高い天井高が成金趣味とも言われることもあるが、これは後で述べるが、高級感のみを出す目的で天井高をあげた場合であると思われる。下写真はベッドの辺りを木で囲むことで包まれ感、特別感を演出している事例。
天井高による身体への影響という面では、天井高により室内の温熱環境が大きく変わる、つまりコントロールできるのである。前提となる原則として、あったかい空気は上昇し、冷たい空気は下降するということをまずは理解いただきたい。この場で詳細は省くが、結論としては、外気が熱い夏の場合、高い天井高により不快な熱い空気を人がいないレベルまで上昇させてやることで、人のいる居住域は快適にすることも可能である。これは吹き抜けなどを有効活用することで一般的には可能である。一方の冬場の場合、吹き抜け部分では快適はあったかい空気が上昇してしまうため、床暖房などの機器を補助的に利用したり、建物の断熱性能を良くすることなどとセット利用が原則となる。アジアの蒸暑地域では冬場の想定がないため、基本的にはこの理由により天井高は高めに設定される。このポイントは「健康」に大きな影響がある話であり、上記の不快な状態が続くと倦怠感やだるさなど体調不良を引き起こす一因ともなる可能性がある。また、上記の理屈を理解しないまま、吹き抜けにエアコンを設置したりすると、エアコンの効きが悪くなり、光熱費だけ高い住宅にもなってしまうリスクもある。(もちろん考慮の上なら、吹き抜けにエアコン設置は可能である。)蛇足であるが、それを応用し夏場は1階の床面の開口部と最上階の天井近くの窓を開けて家全体を換気をすると最も効果的である。(専門的には重力換気とも呼ばれる。)(下写真は吹抜けの例)
天井面の高さに変化をつけて、段差天井や勾配天井にすることで、空間の流れをコントロールすることもできる。例えば通常、室内と外との繋がりを積極的に確保したい場合、床・壁・天井のどこかの面を外部まで連続させることで、空間の流れを外部まで連続させたりすることがある。どこの部位を連続させるかは、その部屋の用途や設計者の判断によるが、天井面を外部まで連続させる場合、開口部側の天井を下げて、ガラス面減によるコスト減や太陽光による熱負荷減などを図りつつ、その意図の達成を図ることができる。この場合天井高自体よりも連続しているかどうかの方がその意図の達成には重要であるのだ。
下の写真は内部と外部の天井と床がフラットに連続することで室内外の一体感を高めている事例。
下の写真は人の集まる中央部をは折り上げし、外縁部の天井は建具に合わせて下げることで、機能と快適性を両立している事例。床面はフラットでありつつも、折り上げが木により強調されていることで中央辺りに包まれ感も生まれている。
下側の写真は天井部の高さと素材を様々に変化させることで、場所に変化をつけている事例。壁上部または天井をガラスにすることで浮遊感も生まれている。
空間の流れをコントロールすることに関連して、平屋プランに天井(屋根)の掛け方だけを工夫することで、フラットな一室空間を区切った様な印象にすることもできる。例えば公共建築などで、バリアフリーなどを考慮し床面はフラットにしておく必要があり、機能的にも壁を立てたくないが、こちらとあちらのエリアは一体空間にしたくない、つまり距離感を保っておきたいなどの要求がある場合に天井高と垂れ壁(天井から垂れ下がる壁)で空間を分節することがある。個人的には空間には流れがあり、それは床・壁・天井の連続性の具合でコントロールされていると考えている。「空間の流れ」については別でテーマをとって話をします。
ここで、天井のそもそも持っている機能・役割を一旦整理しておきたい。なぜ天井が必要か。昔々、屋根の小屋組み木材が見えていた頃、そこに埃などが溜まり、ある程度するとそれが綿埃として、食卓の上に落ちてきたりしていたため、それを防ぐ必要があった。近代では照明や換気ダクトを天井面に設置し、天井内を電気配線・ダクト類が通過するため、それらを隠すためでもある。部屋毎の冷暖房をかける場合には、その容積を縮小することで光熱費の縮小を図る場合もある。
なぜ天井がそこにあるか、ましてや天井高さなんて疑問にも思ったことがない方が多かったかもしれないが、機能的な役割を把握した上で、天井高や天井形状が変化することで、人に与える印象や室内の熱環境など様々なことが調整されていたということがご理解いただけたであろうか。個人的印象として、建築家と一般の方との考え方で一番乖離が大きい部位が天井であるとも感じている。つまり空間を考えるには必ず天井の要素が必要であるが、世間一般的にはあまり気にかけてもらえていない印象がある。ここまで読んで頂き、少しでも興味を持たれた方は、今少し上を見上げてみてほしい。実はいろんな”仕掛け”がそこにあるのかも。
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