昔を懐かしむとクリエイティビティが高まる!?
「ノスタルジア」(懐かしさ)とは?
ノスタルジア(nostalgia)という言葉は、元々、ギリシャ語のnostos(家へ帰る)と、algia(苦しんでいる状態=苦痛)に由来しているようです。つまり、故郷へ帰りたいと切なく恋焦がれると いう心理状態を表しており、19 世紀に至るまで、主に精神的な病と捉えられていました。
歴史を遡ると、ナポレオンの時代、遠征に出た兵士たちが故郷を想い,ノスタルジアに耽ることで戦力が低下することがわかり、そこから研究が進んだと言われています。また、アメリカでも移民に発症する病として、研究が進められました。
現在では、ノスタルジア(懐かしさ)が与える心理的な影響について、様々な研究が行われていますが、ノスタルジア(懐かしさ)という感情は、時に失望や喪失などの否定的な感情を含むにもかかわらず、それらを克服した成功の記憶によって上書きされることで、肯定的な感情として経験され、それが個人の成長につながる可能性があることがわかっています。以下、関連する、英サウサンプトン大学のティム・ウィルドシャット博士らの興味深い研究を紹介します。
この研究では、54人の大学生を対象に、1つのグループには、人生の中で意味のある、ノスタルジア(懐かしさ)を感じる出来事について、もう1つのグループには、先週起きた日常的な出来事について、それぞれ6分間、思い出して書き出してもらいました。
その後、全参加者の自尊心を質問紙によって測定しました。
その結果、ノスタルジア(懐かしさ)を感じる出来事を書き出した参加者の方が、日常的な出来事を書き出した参加者よりも、自尊心が約10%高まっていました。
これは、ノスタルジア(懐かしさ)を感じる出来事は、個人にとって重要で、かつ、本当の自分をよく反映していると感じられるとともに、過去の重要な出来事や大切な他者との交流などの記憶が源泉となっており、人生に意義を与えてくれるためだと研究者らは考察しています。
また、ノスタルジアは、人は死という運命から逃れることはできないという恐怖に対して、心理的なバッファとして機能することも明らかになっています。ノスタルジアを感じると、人や社会との絆を感じやすくなり、それが生きることの意味の再確認になるとのことです。
このようにノスタルジア(懐かしさ)の効果を言葉にしてみると、忙しい日常の中でも、昔を懐かしむことには一定の意味があると思えるのではないでしょうか。
「ノスタルジア」がインスピレーションを高める
ノスタルジアの基本的な効用がわかったところで、さらに踏み込んだ効用について説明したいと思います。それは、ノスタルジアを感じると、つまり、昔を懐かしむと、インスピレーションが高まるというものです。これを明らかにした、イスラエルのバルイラン大学のエレナ・ステファン博士とイギリスのサウサンプトン大学心理学部のコンスタンティン・セディキデス博士の研究を紹介したいと思います。
この研究では、6つの調査・実験が行われていますが、その中の1つの実験では、60人の大学生に、まず、自分が懐かしさを感じる楽曲を3つ挙げてもらい、それらの曲の歌詞を読んでもらい、懐かしさの感情を喚起しました。一方、別のグループ(統制群)にも同じ楽曲の歌詞を読んでもらいました。当然、このグループはその楽曲に何の思い入れもないので、懐かしさを感じません。
その後、全参加者のインスピレーションを測定しました。どうやって測定したかというと、とても単純です。3つの質問(「この歌詞を読むと、インスピレーションが湧いてくるか?」、「この歌詞は、私をインスピレーションで満たしてくれる?」など)に対して、「とてもそう思う」から「全くそう思わない」までの5段階で回答してもらいました。
分析の結果、懐かしさを感じたグループは、そうでないグループよりも、インスピレーションが約45%高まることがわかりました。
さらなる実験を重ねると、この理由がわかってきました。懐かしさの感情が、社会的なつながりを高め、自尊心の向上につながり、それがインスピレーションを高めるという関係性が示唆されたのです。また、懐かしさによって高まったインスピレーションは、目標達成の意欲向上にも関係することがわかりました。
インスピレーションというのは、ややわかりづらい概念なので、次に、インスピレーションと似ているクリエイティビティに対する影響について、見ていきたいと思います。
「ノスタルジア」がクリエイティブな発想を生む
昔を懐かしむと、クリエイティブな発想が生まれやすくなるのか。イギリスのサウサンプトン大学心理学部のコンスタンティン・セディキデス博士の興味深い研究を紹介します。
この研究では、複数の実験が行われていますが、最初の実験では、計299人の大学生を2つのグループに分け、それぞれ以下の行動を5分間行ってもらいました。
・1つ目のグループ:過去の懐かしい経験を思い出し、その時に感じたことなどを書く
・2つ目のグループ:過去の日常的な経験を思い出し、その時に感じたことなどを書く
その後、参加者は全員、クリエイティビティのテストとして、指定された3つの単語(「王子様」、「猫」、「レースカー」)を全て使って、30分間、物語を書くように指示されました。書いた物語のクリエイティビティは、評価者によってスコア化されました。
さて、結果はどうなったでしょうか。
分析の結果、懐かしい経験を思い出したグループの方が、クリエイティビティのスコアが約15%高いことがわかりました。また、別の実験によって、「懐かしさ」が「(経験に対する)開放性」を高め、それがクリエイティビティの向上につながることがわかりました。
ノスタルジックな回想は、広い視点で物事を見ることにつながり、それが開放性を高め、思考を柔軟にし、その結果、クリエイティビティの向上につながるというのが研究者らの考察です。
例えば、書類を整理していたら、過去に自分が作成してプレゼンし、大成功を収めた企画書が出てきたとします。パラパラとページをめくっていると、その時のプレゼンの情景が思い浮かんできます。参加者の興味津々の表情や鋭い質問に対する自分の応答など。すると、だんだんと懐かしい気持ちになってきます。
このようなノスタルジックな回想をしていると、自分の仕事を俯瞰した目で見つめ返すことにつながり、もっと色々なことにチャレンジしてみようと思うようになり(経験に対する開放性)、それが新しいプロジェクトのアイデアにつながる、といったイメージです。
この研究結果には、さらに続きがあります。
最後の実験では、「懐かしさ」と「幸運(を感じること)」という2つのポジティブ感情を比較し、どちらがよりクリエイティビティを高めるかを検証したところ、「懐かしさ」の方が、約15%クリエイティビティが高まることがわかりました。
幸運を感じると、ポジティブな感情が高まり、それはクリエイティビティの後押しにつながることが予測されますが、ノスタルジアはそれよりも、クリエイティビティに対する効果が高いことがわかったのです。
このように、ノスタルジア(懐かしさ)には様々な効果があることがわかりました。忙しい日常に忙殺されていると、なかなか過去を懐かしむことは意識するのは難しいですが、例えば、スマホの中の5年前の同じ日の写真を見返してみるなど、簡単なアクションでノスタルジアを喚起することはできると思いますので、クリエイティブなアイデアを捻り出したい時には、ぜひ実践してみてください。