「足す」ばかりでなく「引く」も考えてみる
ついつい「足す」を考える私たち
思考の分類方法の1つとして、足して考えるか、引いて考えるか、つまり、加算思考か、減算思考かというものがあります。
例えば、新商品を企画する際に、競合商品との差別化を図るために、ついつい機能を追加してしまい、結果として、使いづらい商品になってしまうことは、ビジネスの世界ではよくあることです。
そもそも、人は何かを発想する時に、加算的に考えやすいのでしょうか。それとも、減算的に考えやすいのでしょうか。
世界で最も権威のある学術誌の1つである『Nature』に掲載された、アメリカのバージニア大学のガブリエル・S・アダムス博士らの研究はそのヒントを与えてくれます。
この研究では8つの実験が行われましたが、そのうちの1つでは、実験の参加者に、ある形のレゴをより安定させるためには、どのブロックを足せばいいか、あるいは、取り除けばいいかを考えてもらいました。参加者には、うまく安定させることができれば、報酬として$1が与えられるという条件が提示されました。
分析の結果、過半数の参加者は、ブロックを「足す」ことで安定させる方法を選択することがわかりました。一方、ブロックを「取り除く」ことで安定させる方法を選択した参加者は約40%に留まりました。
興味深いことに、別の実験で、「ブロックを「足す」にはコストがかかるが、ブロックを「取り除く」のはタダです」という説明を行った場合であっても、ブロックを「取り除く」を選んだのは全体の約60%に留まったことです。つまり、コストがかかると頭でわかっていても、無意識の内に、ブロックを「足す」ことを選択してしまう人がかなりいたということですね。
他の類似の実験でも、「引く(取り除く)」を選択した参加者の割合は大体20~30%で、大半の参加者は、「足す」を選択することがわかりました。そして、この傾向は、課題の難易度が高くなるほど、ますます顕著になることもわかりました。つまり、課題が難しくなるほど、私たちは何かを「足す」ことによって、その課題を解決しようとする傾向があるということですね。
「引く」でクリエイティビティを発揮する
クリエイティブ・シンキングでよく使われるアイデア出しの手法の1つに、「SCAMPER」という方法があります。これは以下の7つの項目からなるチェックリストです。(「SCAMPER」とは以下の頭文字をとった名称)
· Substitute(換える)
· Combine(結び付ける)
· Adapt(適応させる)
· Modify(修正する)
· Put to other purposes(他の目的に使用する)
· Eliminate(除く)
· Rearrange/Reverse(並べ替える/逆にする)
この7つのチェック項目を意識して発想することで、既存のアイデアをベースに新たなアイデアを生み出すことができるとされています。
ここで注目したいのが、「Eliminate(除く)」です。つまり、既存のモノやサービスから、何かを引くことによって、新しいモノやサービスを生み出せないかを考えるという項目が、チェックリストの中に入っています。これは、私たちが如何に「引く」ことが苦手かを物語っているとかもしれません。
では、「引く」ことによって生まれたアイデアにはどのようなものがあるでしょうか。
ここでは、ビジネスの例を挙げたいと思いますが、例えば、任天堂のゲーム機「Wii(ウィー)」はその典型です。
Wiiを出す前の任天堂は、ソニーやマイクロソフトとの激しい競争の中で、画像処理の性能など機能面を如何に充実させるかで凌ぎを削っていました。しかし、任天堂は、「もっと多くの人にゲームで遊んでもらうにはどうしたらよいか?」という問いに向き合った結果、複雑になりすぎたゲームから過剰な機能を「引く」「取り除く」ことを選択し、ゲーム初心者でも操作が覚えやすく、すぐに楽しめるゲーム、Wiiが誕生したのです。
これは「引く」でクリエイティビティを発揮したビジネスでの例ですが、日常生活の中でも、使える場面はたくさんあると思います。やっている事に対して行き詰まりを感じた時こそ、「引く」を考えてみると、思わぬ解決策が見えてくるかもしれません。
「引く」と生まれるホワイトスペース
書籍『WHITE SPACE ホワイトスペース – 仕事も人生もうまくいく空白時間術』の著者ジュリエット・ファント氏は、スポティファイやペプシ、ナイキなどの有名企業のビジネス研修やコンサルティングを行ってきた人ですが、その著書の中で、1日の中に考えるための自由な空白時間「ホワイトスペース」を設けることの重要性を訴えています。そして、「ホワイトスペース」を設けることで、集中力と心の平穏、そして驚くべくクリエイティビティがもたらされるとも述べています。(詳しくは、「タイムプレッシャーがクリエイティビティを殺す」をご覧ください)
この「ホワイトスペース」は、「やることリスト」から項目を「引く(取り除く)」ことで生み出すことが可能です。
この著書で紹介されていた興味深い事例を紹介します。
マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツは、年に2回、あらゆる仕事をシャットアウトして、「考える週」をとり、森の中の小屋に引きこもるそうです。そこで、論文や本を読み込んでは考えにふけり、そこから得た気づきやアイデアを書きとめるということだけをする時間を過ごすのです。ネットはつながらず、家族も友人もいない1人だけの空間で1日に18時間、究極の「ホワイトスペース」を生み出していると言えます。そして、小屋で考えたアイデアや内省したことが、マイクロソフトを大きく成長させる原動力になったようです。
他にも、GEの元CEOジャック・ウェルチは1日に1時間「窓の外を見て」過ごしていたり、リンクトインの元CEOジェフ・ウェイナーもスケジュールに「何もしない」時間を組み込んでいることで知られています。
私たちはともすると予定やタスクを入れ込んで、つまり、「足す」ことで物事を解決したり、生活の充実感を得ようとしたりしがちですが、「ホワイトスペース」を意識して、「引く」ことをうまく活用することで、クリエイティブで健全なメンタルを手に入れることができます。