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余裕のない組織からはイノベーションは生まれない!?


「組織スラック」とは?


組織スラック」(Organizational Slack)という言葉があります。 「スラック(slack)」は形容詞ですが、「ゆるい、たるんだ、のろい、ぐずぐずした」などの意味があります(研究社 新英和辞典)。(ビジネスのコミュニケーションツールとしてすっかり定着した同名のアプリ「Slack」は、とても有名ですね。)

この「スラック」という言葉は一見すると、ややネガティブな意味合いも含む言葉ですが、ビジネスの場面では、資金・時間・人材などの「ゆとり」や「余裕」といった意味があります。そして、この「スラック」という状況は、過剰な人員、遊休の設備、生産のロスタイム、内部留保など、企業活動の様々な場所に存在しており、それらを総合して「組織スラック」と呼びます。経営学では、Cyert and March(1963)によって初めて言及された概念です。

「組織スラック」は、非効率な経営の結果のようにも見えますが、実はイノベーションの創出にポジティブな影響を与えていることがわかってきました。それに関連する研究を紹介します。

南アフリカのプレトリア大学工学技術管理学部のレオン・オールレマンス博士は、南アフリカの617の企業を対象に、R&Dやイノベーションに関する投資コスト、社内の共通インフラの使用状況などを調査し、「組織スラック」をスコア化し、「組織スラック」の程度がイノベーションの創出にどれくらい影響しているかを明らかにしました。

ここで、イノベーションをどのように測定したかが重要になりますが、この研究ではイノベーションを2つに分け、「内部イノベーション」として、社員のイノベーションに対する意識調査を行い、「外部イノベーション」として、全売上高に占める革新的な商品・サービスの割合を算出しました。

分析の結果、「組織スラック」のスコアが高いほど、内部及び外部イノベーションのスコアも高いことが明らかになりました。「組織スラック」が高い、つまり、資金・時間・人材などに「余裕」があると、新製品の導入や新市場への参入などの新しい戦略を実験することが可能になるため、それがイノベーションにつながると研究者らは考察しています。

「余裕」が、遊び心を持った新規事業などに挑戦することを可能にし、その結果、思いがけない技術革新やヒット商品につながることがあるということですね。

では、反対にイノベーションを阻害するのはどんな状況なのでしょうか。


イノベーションの阻害要因


イノベーションを生むきっかけになるのが、日常業務での小さなクリエイティビティ(リトルC)ですが、「組織スラック」のない状態、特に、時間的な余裕がない状態は、リトルCに悪影響を与えることが、アメリカのハーバード大学ビジネススクールのテレサ・アマビール博士らの研究で明らかになっています。(詳しくは、「タイムプレッシャーがクリエイティビティを殺す」をご覧ください

テレサ・アマビール博士らは、アメリカの7つの企業の従業員177人を対象に、日々記録してもらった業務日誌(計9,000日分)や質問紙の回答をもとに、分析を行いました。

その結果、時間のプレッシャーが厳しいと、より多くの仕事をこなし、より多くのことを成し遂げようとする原動力にはなるものの、多くの場合において、クリエイティビティを低下させることがわかりました。具体的には、時間のプレッシャーが厳しいと感じる日は、そうでない日に比べて、クリエイティビティが45%も低下することが明らかになったのです。

しかも、ある日の時間のプレッシャーが大きいと、その日だけでなく、翌日、そして、翌々日のクリエイティビティまでもが低下していたのです。アマビール博士はこれを、「プレッシャーの二日酔い」と呼んでいます。

つまり、クリエイティブな思考になるためには、十分な時間をとって、あれこれと探索的に思考するプロセスがとても重要だということですが、それには組織にある程度の「余裕」がないと難しいということですね。


Googleの「20%ルール」


Googleの有名な「20%ルール」をご存知でしょうか。これは、Googleの社員は、「勤務時間の20%を、本来の仕事とは異なる自分がやりたいプロジェクトに費やさなければならない」というルールで、ここから数々のイノベーティブなサービスが生まれたといいます。(現在は、許可制となっているようです)

日本の会社でも、副業が認められたり、普段働いている会社や職場を離れて、一定期間、違う環境で働く、いわゆる「越境学習」が推奨されるようになってきました。このような変化が起きている理由は複数ありますが、企業側の期待としては、社員を通常とは異なる業務に携わらせることによって、クリエイティビティを発揮してもらいたい、イノベーションのタネを見つけてもらいたいということが挙げられます。

では、なぜGoogleの「20%ルール」や「越境学習」はイノベーションを起こす上で効果的なのでしょうか?

それは、目の前のタスクとは無関係のタスクを挟むことによって、インキュベーション期間(あたため期間)が設けられ、新しいアイデアが生まれやすくなるからかもしれません。これに関連するオーストラリアのシドニー大学のソフィー・エルウッド博士らの研究を紹介します。

この研究では、90人の大学生にクリエイティビティを測定するテストを受けてもらいました。お題は、「紙切れの様々な使い道を可能な限りリストアップする」というものでした。

その際、参加者を以下のように3グループに分けました。

グループ1:中断することなく上記の課題に取り組む(4分)

グループ2:上記の課題(2分)→ 類似の別課題(5分)→ 最初の課題(2分)

グループ3:上記の課題(2分)→ 全く無関係の別課題(5分)→ 最初の課題(2分)


分析の結果、全く無関係の課題を間に挟んだグループ(グループ3)は、中断なく取り組んだグループ(グループ1)よりも約30%、そして、類似の課題を間に挟んだグループ(グループ2)よりも約22%多くのアイデアを出すことができました。

Googleの「20%ルール」も「越境学習」も、普段の仕事とは基本的に関係のないことを行いますので、上記の研究における「全く無関係の別課題」に相当するかもしれません。そして、無関係のタスクを挟むことによって、頭の中で眠っていた潜在的なアイデアがあたためられ、新しい発想が生まれ、それがイノベーションにつながる可能性があります。

ただし、このような制度を導入するにも、ある程度の「組織スラック」がないと現実的には難しいと思われますので、余裕のない組織からは、なかなかイノベーションは生まれにくいのではないでしょうか。

参考文献:

・神戸大学MBAサイト https://mba.kobe-u.ac.jp/business_keyword/7963/
・Oerlemans, L., & Pretorius, M. (2008, July). On the relationship between organizational slack and the level of innovation of firms. In PICMET'08-2008 Portland International Conference on Management of Engineering & Technology (pp. 664-671). IEEE.
・Amabile, T. M., Hadley, C. N., & Kramer, S. J. (2002). Creativity under the gun. Harvard business review, 80, 52-63.
・Ellwood, S., Pallier, G., Snyder, A., & Gallate, J. (2009). The incubation effect: hatching a solution?. Creativity Research Journal, 21(1), 6-14.

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