20240925 ウォンバットのうんち観測屋さん
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今日、図書館で「ウォンバットのうんちはなぜ、四角いのか?」という本を見つけた。
ウォンバットのうんちは四角いのか….とこの時初めて知ったが、そもそもそこに疑問を覚えることがすごいことだと思う。
もし私がウォンバットの四角いうんちを見かけたとして、うんちなんだからそりゃ長かったり丸かったり、四角いときもあるだろうよハイハイと気にもとめないような気がする。うんちを見たな~というなんとなくの嫌さを超える何かは恐らくない。
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しかしこの世界のどこかにはウォンバットのうんちを随時観測して「ウォンバットのうんちは四角いぞ!何故かね!」と気づきを得て真相究明した人がいるということだ。素晴らしいね、人智。
何かを疑問に思うことってセンスや素養が必要だな。日々流されるがままに生きてると目も耳も脳も錆び付いて良くない。
次図書館に行くときは借ります、ウォンち。
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数日前からくじらについて急に知りたくなったので、図書館では くじらの本を借りた。
鯨の巣/ドミコ
↑最近よく聴いているお気に入りの曲なんだけれども、くじらの巣っておそらく存在しないよな~~と思ったきっかけで。デカすぎて隠れるところもない上に高度に社会的な動物とされていて常に集団の中で生活してるの、偉すぎる。私なら発狂するね。結局心が休まるのって1人でいるときだけだから……
借りた本は少しだけ読んだ。
シャチは偏食で、決まったものしか食べないしそれが食べられないならそのまま死を選ぶ個体もいるらしい、とひとまず知る。尖ってるな。全生命の逆をいっているところに少し惹かれてしまう。逆張りオタクだからか。
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大変腹立たしいことがあったとして、それを何とか飲み込み何もなかったかの様にふるまうと、怒ったり苛立ったりしたあとの自己嫌悪をしなくてすむ一方でメンタルが音をたてて磨耗していくのを感じるので諸刃の剣だなぁと思う。でもたいていは怒らないほうがいいな。理性の生き物だから、人間は……
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だけどやっぱり腹が立つので、帰路につくとき車内で自分が出せる最大音量の声で「悲しみの果て」を歌った。頭の先っぽがキュウッとなり、わからないけど多分危険だった。これで脳の血管がぶちギレて死んだらそれこそ悲しみの果てだ。エレファントカシマ死、なのかもしれませんね。