20201129 / 過去を失った僕らは,太陽を直視した.「象は静かに座っている | An Elephant Sitting Still」
僕の嗚咽を,吐いた血を,発狂して叫びちらした醜い怒号と嘆きとを,彼がそれらを吸収し,見えない暗闇の中でそれらを結んで紡ぎ,そして憧憬を醸し出した.僕はそれがこの世界の美しさなのだと理解したんだ.
過去を失った僕らは,太陽を直視した.
そういう感傷が妙に心地良いから,いや,それはたぶん,彼がそういうやり方で,僕を蝕んでいったんだろう.僕だけでなく,彼は彼の中にいる多くの人々をそういうやり方で蝕んでいって,そして還すんだ.僕らが生きているここは,たぶん,もとからそういう仕組みでなりたっていて,僕らが生きるという工程も,突き詰めればそういうことの繰り返しでしかないのかもしれない.それを受け入れようとも,受け入れなくとも.やるせないが,いまさらどうすることもないか.これから,どうしていこうか.
鉄道の汽笛が鳴り響いた.橋のたもとから夕日を睨んだ.灰色の煙を吸い込んで,僕はまた嗚咽を漏らした.途端に耳の奥のほうが詰まり,閉じたような感触がした.僕は静寂に取り残されて,そしてすぐに,内側に鼓動の音が鳴り響いた.僕は胸を抑えた.そうすると,僕に似た誰かに胸を掴まれたような気がした.彼はその胸から,僕の内側に少しづつ犯すように蝕んでいって,僕は興奮と,絶頂を迎える手前の,さっきまでとは別の嗚咽が,今度は僕の外側ではなく,内側で鳴り響いた.彼が僕の手と足の指の先まで僕を満たすと,今度は背中のほうから首を伝って,頭の先にまで達していく.そうすると,もう僕は僕ではなくなってしまったような気がして,僕は彼が世界の美しさを生み出すための一部になってしまった.それでも,それがとても安定した状態かというと,そんなこともないわけで,蝕まれた僕は,その内側の僕ではないなにかを,とても抑え込むことはできそうもないのだ.
鼓動が速まった.僕は思わず口を塞いだ.こんなクソみたいな世界で,僕は僕がクソみたいなやつだから,こんな生き方だっていいもんなって,無理矢理にでも肯定して生きていこうと思っていたのに.それでも,僕は幸せになりたかった.僕は彼を.
途端に,耳の奥のほうが詰まり,閉じたような感触がして,僕の内側は静寂で満たされた.
すっかり,夜が更けて,やがて,僕は彼に抱かれて眠ってしまった.