福岡出張の話と告知
あっというまに7月も1週間が過ぎようとしていますね。再来月にはもうイベントなのでそろそろ気合い入れて試作をしなければいけないのですが……ここから博論の中間発表や別の展覧会の準備がありまして、こんなに暑いのに冷や汗が出てきています。
告知
と、そんなわけで9月のイベントが情報公開になりました。
金沢は片町、香林居地下のレストランkarchをお借りしての開催です。8月9日から特設サイトで予約開始の予定。ふるってご参加ください。よろしくお願いします。
タイトルはFeasting Wildとしました。しばしば「自然の恵み」といわれる食材にも、様々な人為が直接的間接的に介入しているなかで、そもそも「自然」とは……? というところから、環境と身体、主体と行為といった事柄について考えるような内容になる(したい)予定です。
主催の金沢アートグミでは以前料理イベントをやらせてもらったこともあり(担当の方は別)、引き続いてのお声がけをいただけてとても嬉しいです。担当の金谷さんは前回のEating Bodyにお客さんで来てくれていて、そこからの依頼なのでした。ありがたい限り。
また、同じく9月の展覧会情報も情報解禁になりました。こちらは東京都写真美術館。アニュアルで開催されている『日本の新進作家』展に参加します。今年で32歳。いつまで「新進作家」枠をもらえるか……という感じですが、まだ大丈夫なようです。こちらも頑張りますので、併せてよろしくお願いします。
福岡出張の話
さて、福岡出張の話です。6月下旬に4日ほど行っていました。ちなみに、下関から門司港側にちらっと入ったことはあるのですが、ちゃんと福岡に来るのは初めて。主目的は科研の研究会で、僕自身は研究分担者ではないのですが、研究協力者として参加することになりました。
研究課題が「生命の物質化・物質の生命化に関する理論調査と制作実践」とのことで、バイオアートやウェットウェア研究にかんするものっぽいなと思ったのですが(たとえば研究分担者の横川十帆さんはイカを映像メディアとして使う研究をされています)、今年は主に食品や料理について扱いたいと。ちょうど僕も発酵や養殖、野生動植物の個体数管理など、料理文化や食品産業における、(微生物を含む)動植物の生の管理に関心があったので、そのあたりで知見を共有できたらいいなと思いつつ参加しています。
九州大学 バイオフードラボ
ちなみに、九州大学は芸術工学部主導でバイオ・フードラボを持っています。旧学食をリノベーションしているので、普通に業務用コンロだけでなく、親子丼・カツ丼用の7連コンロまで残っていて笑ってしまいました。
本格的なインキュベータからフードプリンタまで揃っている面白い施設なのですが、まだできてあまり経っておらず特にフードラボには物品が揃っていないので、一回料理を作って足りない物品を洗い出そうということで料理をしたりしました。鰹の冷前菜と豚ロースのローストを作ったのですが、フライパンが錆びた鉄フライパンと卵焼き用の小さいテフロンパンしかなく、すべて直火調理になりました。
この研究、理論調査と制作実践の両方を行うということで、年度末には何らかの発表会も予定されています。僕はこちらのフードラボをお借りしつつ、金沢のイベントを別なかたちで展開できないか、というふうにぼんやり考えています。まだまだ先ですが、こちらもまた進捗を報告できたらと思っています。
Restaurant Snow
せっかく福岡まで来たのでレストラン行きましょうということで2軒ほど予約を入れておいたのですが、滞在最後の夜に行ったRestaurant Snowが良かった。
シェフの海野元気さんはコペンハーゲンのSøllerød Kroでスーシェフをされていたそうで、Snowの料理もノルディックのエッセンスを九州の風土にあわせて、というコンセプト。ウェブサイトなどの事前情報ではニューノルディック推しが若干強めだったので、どうなのかなと思っていたのですが、仕立てや素材で北欧的な要素は使いつつも、良い意味で日本的なフランス料理の範疇におさめている印象。仕立てはどれもシンプルで複雑なことは全然していないのですが、ゲストの先入観や慣れ親しんだ味の記憶をうまく利用し、小さな操作で大きな効果を生み出していたのが興味深かったです。
特に印象深かったのが鱧の朴葉焼き。鱧のしたにはたたいた茄子が敷いてあり、前後にごぼうととうもろこしが添えられています。一見するといかにも日本料理的な組み立て方なので、茄子は生姜が効いていて、ごぼうは糠漬けか味噌漬けかになっているんだろうと日本料理に慣れ親しんでいれば即座に想像してしまうわけですが、茄子にはスュエした玉ねぎの甘みが加えられ、ごぼうはピクルスにされることで、日本料理的な水っぽい爽やかさ+塩気と旨味の組み合わせではなく、北欧的な酸味+ほのかな甘みという構成になっています。
ゲストは日本料理的な見た目から先入観で「こういう味だろう」と想像して食べることになるので、そのギャップから料理の味はより鮮烈に感じられます。特に、茄子と鱧を食べるひと口目は、茄子と生姜の爽やかさを想像しているので、口に近づけた瞬間の玉ねぎの甘い香りがかなり印象的。そのため、実際より甘く感じるうえ、予想された爽やかさとのギャップで玉ねぎのもやっとした甘みの印象がより強まります。それによってとうもろこしのみずみずしさやピクルスの酸味がより鮮やかに感じられるわけです。
同様のギャップを別方向から組み立てた料理で印象的だったのがヤリイカの冷たい前菜。貝の出汁をベースにしたクリームのソースのうえに、糸造りにしたヤリイカと干す前のフレッシュなからすみが乗り、ナスタチウムの蕾のピクルスとおそらくセルバチコ(水菜にも見えるけど記憶があいまい……)が添えられています。
クリーム、魚介類、魚卵、ピクルス、といかにも北欧的な組み合わせなので、ふんわりとしたクリームの油脂分と乳酸や酢酸系の酸味、魚介の甘みと旨味、最後に魚卵の強いコクと油脂分が来るのかな、と想像するわけですが、クリームは甘めの仕上がりで、(おそらく)貝だけではなく昆布系の強い旨味が感じられます。ソースの粘度も高めで、もったりとした仕上がりです。フレッシュなからすみは油脂分が少なく、カズノコにかなり類似した風味を持っていて、ナスタチウムにはピリッとした辛さがあるところから、全体的に松前漬けのような印象になっています。
こうした操作は、フュージョンと言ってしまえばそれまでなのですが、北欧的な料理のソースだけ出汁に差し替えるとか、煮凝りをアスピックみたいに仕立てるといったように、互換する要素を入れ替えたり仕立てを真似たりするのではなく、定番の組み合わせをそのままに、副材料によるチューニングだけで新鮮な驚きを与えているのが興味深いところです。フュージョンが目的というよりも、シェフの技術的バックグラウンドであるニューノルディックと地元九州の食材や郷土をぶつけることによって、(日本のゲストにとって)真新しいものを親しみ深く、馴染み深いものを新鮮に体験させる、というのが目指されているのかな、と思いました。
また、Snowはコース構成が特徴的で、魚料理を前菜に格下げしたうえで、メインを2品とも肉料理にしています。前菜の最後2品はどちらも温かい魚料理で、1品目が先程の朴葉焼き、2品目がフリットになっていて、前菜の作りを徐々に重くすることでメインへの流れを作っています。1品目の肉料理は鶏つくねでポーションは少なめ、2品目が牛フィレといったかたちで、軽い魚→重い魚→軽い肉(鶏)→重い肉(牛)という流れがスムースに構築されているわけです。通常のフレンチのコースでは、アミューズから前菜までの流れに比べ、前菜からメインの切れ目がはっきりしがち。場合によっては魚料理と肉料理のあいだに口直しを挟むこともあり、メインの前後は流れが途切れやすいのです。もちろんメイン料理で一旦襟を正すというか、そういう気分の切り替えもリズムのうちではあり、良し悪しはあるのですが、Snowにかんしてはメイン前後の流れをかなりスムースに作っているのが印象的でした。
ちなみに余談ですがこのレストラン、配膳下膳をサポートするスタッフの方が1人いるだけで、キッチンからサービス、ワインのセレクトまでシェフによるワンオペです(コースの内容に合わせて3種ほどのパンも自身で焼いているそう)。当然、手のこんだアミューズや複雑なメイン料理を提供するのは難しくなるので、前菜からメインの流れをなだらかにし、前菜でボリュームのある魚料理を出すぶんメインを簡素な作りにすることで、スムースな営業を可能にしているのではないか、と思いました。魚料理の2品も朴葉焼きとフリットで、スチコンやフライヤーに任せられる火入れなのも、肉料理の前に時間もしっかりとることに寄与しているように思います。
もちろん、アミューズや肉の火入れなどは精度を求めたらきりがないのですが、それ以上にひとりの人間がパンやワインからサーブまでやることによって、料理人の考え方が一貫性をもって食事の経験に反映され、シェフがどういった体験をゲストにしてもらいたいと考えているかが伝わりやすくなっているように感じました。特に、なぜこの組み合わせにしたのか、どう食べてほしいかといった料理の意図を、シェフ自身によるサービスで聞くことができるのは楽しいもの。最近は全席カウンターでサービスマンなしという構成で、料理人が直接サーブするというスタイルも決して珍しくはないのですが、ひとりで全部やるということの強度はまた違ったものなのだなあと思ったのでした。
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