【読書感想文】本日は、お日柄もよく / 原田マハ
📚内容(BOOKデータベースより)
二ノ宮こと葉は、製菓会社の総務部に勤める普通のOL。他人の結婚式に出るたびに、「人並みな幸せが、この先自分に訪れることがあるのだろうか」と、気が滅入る27歳だ。けれど、今日は気が滅入るどころの話じゃない。なんと、密かに片思いしていた幼なじみ・今川厚志の結婚披露宴だった。ところが、そこですばらしいスピーチに出会い、思わず感動、涙する。伝説のスピーチライター・久遠久美の祝辞だった。衝撃を受けたこと葉は、久美に弟子入りすることになるが…。
📚読書感想文
スピーチライターという、あまり耳慣れない仕事。主人公のこと葉(27歳・万年OL・独身彼氏ナシ)は、久美のスピーチに感動して、自身の一切をかけてスピーチライターになる。目指すとか、そういう夢追い物語でなくて、彼女ははじめから、クライアントを"勝たせなければならない"。その素質があると久美に見染められた。
読了してもっとも印象に残ったことは、以下の2点である。
①スピーチを担う意味について。スピーカーの役割、また、それを支えることの役割について。
②選挙権の持つ意味について。わたしたちに責任を任せられた社会を、生きていくのはわたしたちだけではないということ。幸せになってほしいと願うのは誰かということ。
シンデレラストーリーの要素も少なからずあるので、頭の片隅では「こんなにうまくいくものではない」とすこし鼻白んでしまう。しかしそれを上回ってこと葉や厚志くんを応援したくなってしまう。彼らといっしょに一喜一憂してしまうのは、登場人物のキャラクターと原田さんの描写力にあるに違いない。ぼんやりとしたいまどき女子が、夢中になれるものを見つけ、どんどん成長していくのを見守ることができる物語。とてつもない山場があるというわけではないが、あたたかな言葉たちに要所要所で涙が止まらない。
(以下、ネタバレを含みます。)
さいごに総括と、先に挙げた「とくに印象に残った2点」について語ろうと思う。
1.スピーチを担うということ。
はじめのこと葉とおなじように、わたしもスピーチとかひと前で話すとかという行為は不得手である。し、好きじゃない。できることなら避けたい。いちど、友人の葬儀で弔辞を任されたことがある。その日会場に着いてから依頼されたので、下書きも構成もないひどいものだった。号泣してしまって何を言ったかもさっぱり覚えていない。けれど、彼女に伝えたいことがたくさんあったことが印象に残っている。
結婚式の祝辞であれ、会社のプレゼンテーションであれ、あるいは政治家の登壇であれ、任せられた者は、その場で唯一"思いの丈を言葉に乗せること"を許された人物である。改まった席でしか述べられない心の叫びって、たぶんあると思う。また、その席に向けて、人や会社や企画に、真摯に向き合う時間をつくることができる。
授業や会社のプレゼンテーションで、勇気のあるメンバーが代表して話す。うんうんと聞いていられる部分もある。しかし、すこしの解釈違いや説明不足を感じることもある。それはわたしとスピーカーの齟齬である。それは、わたし自身がスピーカーになるか、構成に徹するのであれば"聞く能力"を養い、きちんと意見のすり合わせを行うかしない限り解消されないだろう。
実際は、こと葉や久美やワダカマのように、コツを掴んだから万事オッケーというものではないだろう。しかし、久美の挙げた「スピーチ10か条」はたいへん参考になる。
この先スピーチを仰せつかるようなことがあるかはわからないが、心に留めておきたい作品であった。
2.選挙の影響を被るものについて。
恥ずかしい話、わたしは選挙に行ったことがいちどもない。これによって大学時代の友人から距離を置かれたことがあるにもかかわらず、その後も党の方針とか、マニフェストとかも、まったく読んだことも考えたこともない。わたし自身の住まう国・地域であるにもかかわらず、それが向かう先や目指すものを知ろうとすらしてこなかった。与えられた環境で生き抜いていけばいいや。どうせやることはそんなに違わないんだし。なにより面倒だし。そんなふうに思ってきた。
厚志君が、出馬を決めた理由のひとつ。「俺、父親になるんだ」と切り出した。わたしたちに責任の委ねられた社会を、永く生きていくのはわたしたちじゃない。わたしたちが幸せになってほしいのは、自分自身だけじゃない。子どもや、高齢者や、守りたい社会的弱者たち。目から鱗が落ちたようだった。
本書の大切な要所ながら、本筋とはあまり関係のないエピソードかもしれない。しかし、はじめて「つぎの選挙はチェックしようかな」と思った。今後子どもを持つかもしれないし、実家はひとり親家庭だし。きちんと考えて、票を投じて、そしてはじめて国家に賛否や意見を抱く権利を持つ。それくらいの知識はある。
とはいえ、小説内の政治家なんてファンタジーなんじゃないか。ほんとうはみんな私利私欲にまみれているんじゃないか。誰になっても、どこになっても、一緒なんじゃないか。と斜に構えてしまうのはメディアに影響されすぎているんだろうか。真実は自身で確認するしかない。
総括して。
言葉のもつ力を再認識させられる作品。それを伝えるということ。
いつだかの本屋大賞も獲得した小川糸さんの「ツバキ文具店」という著書を彷彿とさせる内容だった(ツバキ文具店は代筆屋の話。これはこれでたいへんよい作品なので、続編「キラキラ共和国」とあわせてぜひ◎)。
いずれも、想いを言葉に変えること、それを効果的に伝えることの大切さを教えてくれる。他者と共存して生きていくのに、言葉というコミュニケーションツールがいかに重要化を改めて感じた。
原田マハ - 本日は、お日柄もよく(徳間文庫)
小川糸 - ツバキ文具店(幻冬舎文庫)
小川糸 - キラキラ共和国(幻冬舎文庫)
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