【読書感想文】植物図鑑 / 有川浩
📚内容(BOOKデータベースより)
お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。咬みません。躾のできたよい子です―。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所で「狩り」する風変わりな同居生活が始まった。とびきり美味しい(ちょっぴりほろ苦)“道草”恋愛小説。レシピ付き。
📚読書感想文
イマドキ女子のさやかが、行き倒れていた野良イケメン イツキを「拾って」、恋したり生活したりする物語。この男が、野草にやたらと詳しくて、さやかの生活や味覚を変えていくことになる。
そのへんに生えている雑草(もっとも、雑草という名の植物はないそうだが)を摘んできて、奇跡の味に料理するのである。えったべれるの???からはじまるわたしとしては、都会っ子なさやかに共感を覚える。なんでも平気で口に入れる度胸はないし、わたしは都会の育ちじゃないけれど。
ベースにあるのはあくまでも野に生える植物たちとその料理の話だ。「雑草という名の植物はない」というキーワードの通り、どこにでも生えてそうな草の名をさやかと共に知っていく。名前を知ると急に身近なものに感じられるから不思議だ。それもさやかと一緒。
どこか図鑑のようにも感じられるが、ところどころに散らしてあるロマンスとコメディが、読みやすさと親しみやすさを加えている。それらのクオリティの高さは言うまでもない。さすがの有川さんだと思った。さわやかなラブコメ。
そして、それらはいつの間にか形勢逆転して、物語はドラマ性を帯びてくる。
とにかく、さやかはかわいいしイツキはかっこいい。個人的にイツキみたいな男性はかなり好きだ。ふたりも、周りも、愛すべきキャラクターたちの宝庫で、まだまだ続けばいいのに…!と思いながら読了した。
(以下、ネタバレを含みます。)
わたしが見事だな と感じたのはなんといってもカーテンコールの2章である。全体をざっとスピンオフするイツキの語りと、本編には描かれなかった空白の時間の物語。
本編は、ほぼさやかによって語り進められる。都会っ子OLがイケメンを拾う。手料理に感動する。野草に驚く。狩りに出る。イツキに恋をする。嫉妬する。結ばれる。そして、失踪される。悲しむ。追憶する。帰ってくる。永遠を誓う。ハッピーエンド。
彼女の天真爛漫な性格も手伝って、かなり爽やかなラブコメに仕立て上がっている。植物への驚きもさやかと共有できるし、イツキのミステリアスも強調される。彼女は感情豊かなので、すっと読み手に憑依してくる。失踪期間はこちらまで苦しくなった。帰ってきたときの安堵も他人事ではなかった。
しかし、最後の最後で、イツキが語る。貫き通してきたミステリアスが剥がされる。そうすることで、本編での彼にも温度が宿る。
さらに、ここにきて初登場の杏奈の物語が始まる。流れからいって、ふたりの子の話だろうかと思った。けれど実際は、ここまで語られなかった時間の話であった。
これを、イツキの独白でなく、第三者 それも、純真無垢な少女に語らせたのはものすごい技だなと驚いた。少女が素直に感じたイツキの後悔や愛情の念。独白よりもずっとダイレクトに感じることができる。
物語のテンポの良さ、キャラクターの良さ、それらをもっとも魅力的に描く有川さんの表現力。加えて、ひとつの図鑑のようにも感じられる情報量。たいへん読み応えのある作品だった。
どこかでヘクソカズラを見かけたら、きっと笑ってしまうだろうな と思う。